【日本ダービー】ゴールド小林オーナー「心が躍る」

[ 2012年5月23日 06:00 ]

 小林英一オーナー(80)にとって、ゴールドシップは特に思い入れのある1頭だ。現在は精密機器の部品を製造する「北日本精機」の会長を務めるが、サラリーマンだった約50年前からの競馬ファン。30代半ばで出会ったのがスイートフラッグという馬だった。「野平祐二騎手が好きで、彼のお手馬だった。姿形が凄く格好良くて、馬主になれたら、この馬の血統を買うと決めていました」と小林さんは振り返る。

 起業して成功し、馬主免許を取得したのが88年。スイートフラッグの妹アイアンルビーを祖母に持つパストラリズムを探し当て、馬主として初めてデビューさせた。函館で2勝を挙げて繁殖入り。その孫にあたるのがゴールドシップだ。

 牝系をさかのぼると星旗という牝馬にたどり着く。戦前に米国から千葉の下総御料牧場に輸入された。「星旗が日本に来たのが昭和6年(31年)で私が生まれた年。何か縁を感じましてね」。顕彰馬クモハタ(39年ダービー)など数々の名馬を輩出してきた日本屈指の名牝系だが80年代以降は活躍馬を出せず絶滅寸前。そんな状況から突如現れたのがゴールドシップだ。「辛抱強く馬主をやってきてよかったし、古い付き合いの出口牧場さん、須貝調教師が努力を積み重ねてくれた結果です」。自らの人生と重ね合わせた情熱が、奇跡を呼び起こすきっかけとなった。

 皐月賞は自宅でテレビ観戦した。「孫の運動会よりも興奮しました。80歳になってこれほど心が躍る経験をできるとは思っていなかった。本当にいい趣味を持った」。ダービー当日は東京競馬場に赴く。「自分の馬が目の前で負けるとがっかりするので、あまり競馬場には行かないようにしている。ただ、ダービーは馬と携わってくれた全ての人に敬意を表し、感謝の気持ちを持って応援したい」。馬主となってダービーを勝ちたい。若かりし頃の漠然とした夢が馬主歴25年目の今年、現実になるかもしれない。

 ▼スイートフラッグ 牝、栗毛。父ダイハード、母風玲(母の父ライジングフレーム)。64年2月22日、千葉県下総御料牧場生産。馬主・和田共弘氏。野平富久→野平省三厩舎(共に中山)。66年東京で新馬勝ち。翌年桜花賞でシーエースの2着。4歳時に京王杯AH(現京成杯AH)、オールカマーを連勝。5歳で牝馬東京タイムズ杯(現府中牝馬S)、6歳で金杯(東=現中山金杯)を勝ち、34戦7勝で引退(馬齢表記は現在と同様にした)。

 ◆小林 英一(こばやし・えいいち)1931年(昭6)7月20日、東京都生まれの80歳。部品メーカーの営業マンからスタートし、69年、北海道芦別市に北日本精機を設立。精密機器の回転部分に用いられる小径ベアリングの製造メーカーとして世界トップシェアを誇る。

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