竹中功のナニワ新報

Vol.28 さて2025年、大阪万博はどれだけ楽しいのか!

[ 2019年6月14日 15:30 ]

49年経っても太陽の塔の斬新なデザインに心奪われる
Photo By 提供写真

 先日やっと千里の「太陽の塔」の内部見学に行ってきた。ボクが小学生だった頃、大阪万博には8回は通ったかな?大阪万博好きで言うと、このコラムの隣組の菊水丸さんのコレクションにはため息が出るばかりだ。珍しい土産物だけではなく、看板など素人には手に入らないものも多数所有している。すべてが垂涎(すいぜん)ものである。

 小学生の目からすれば見るものすべてが新鮮で、外国人のお客さんを見つけては「サイン・プリーズ!」と言っては、サイン帳いっぱいにサインを書いてもらった。時間の許す限りの各国、各企業のパビリオンを回ってはスタンプ帳も一杯にしたものだ。嘉門達夫さんも同じようにサインを集めていたとか。大阪の少年は何故か似とる。

 思い出深い珍しいパビリオンで言うと、サンヨー館の水着の女性がでっかい尿瓶みたいなものに入って体を洗ってもらうという全自動人間洗濯機や、アメリカ館に展示されていた月の石。ワコールリッカーミシン館では360度のマルチスクリーンに映画が流れ、サブリミナル効果の実験ではないが、たまに女性のおっぱいが映るので興奮しまくったものだ。「平凡パンチ」や「週刊プレイボーイ」を店の人に叱られないように立ち読みするのが好きだった年代にはたまらなかった。

 また古川パビリオンには見たこともない五重塔を2段超える七重塔が建てられていたし、ガスパビリオンに併設されたレストランでは生まれて初めてマカロニ・グラタンを食べた。宇宙食のような味わいだったと覚えている。

 そのようにまさしく可能な限りの「未来」をこちらに引き寄せて、目の前に用意してくれたのが、この1970年大阪万博だった。
 そんな中でも小学生ながら厳粛さを感じたのが太陽の塔の中だった。塔の高さは70メートル、その中に「生命の樹」と名付けられた1本の樹がそびえ立ち、その木の枝枝には原生類の時代からはじまり、三葉虫時代、魚類時代、両生類時代、爬虫類時代、哺乳類時代と上に登るにつれ時代が現代に近づくという模型が悠然と立っており、今の自分が生きているということの歴史を確認をさせてくれる生命の進化そのものを展示してくれていた。

 太陽の塔は万博終了後、75年に永久保存が決まり、2016年には耐震工事や内部再生工事がなされ、18年3月より塔内部の一般公開画始まったのだ。今回、見学に行った時、館内の照明が淫靡(いんび)だったので、桜ノ宮辺りのホテルを思い出させたが、階段を上るにつれ、当時のことを思い出した。

 70年当時はエスカレーターで上へ上へと登って行き、最後は太陽の塔の手の部分から、太陽の塔を囲んでいた周りの大天井の部分に渡っていったものだ。

 実はその大天井の下では毎日のようにイベントが開かれ、その大天井の真ん中には穴が空き、その穴から太陽の塔の3つの顔の1つ、金色の顔が出ていたのだ。

 70年万博のテーマは「人類の進化と調和」。戦争を知らない僕たち(1950年代生まれ)の世代は高度成長に乗って用意された数々のパビリオンやそれぞれの企画は目を見張るものばかりだった。SF小説や手塚治虫の漫画の世界を垣間見られたような記憶がある。さてさて25年、再び大阪に万博がやって来る。どんなコンセプトで、どんなワクワクを提供してくれるのか、今から楽しみで仕方ない。

 今回は70年万博少年だった私の撮影した写真とそこから49年後の万博おじさんの撮影した写真を楽しんでもらいたい。

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