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【1984年3月】モニカ/吉川晃司 デビューからブレーク 自ら売り込んだ元五輪候補

★84年3月ランキング★
1 ワインレッドの心/安全地帯
2 Rock’n Rouge/松田聖子
3 一番野郎/近藤真彦
4 涙のリクエスト/チェッカーズ
5 星空のディスタンス/アルフィー
6 2億4千万の瞳/郷ひろみ
7 もしも明日が…。/わらべ
8 モニカ/吉川晃司
9 微風のメロディー/河合奈保子
10 ト・レ・モ・ロ/柏原芳恵
注目くちびるヌード/高見知佳
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。

【モニカ/吉川晃司】

 1枚の写真と5枚の便せんに綴られた売込みの紹介文…。広島から送られてきた、一通の封筒を渡辺プロのプロデューサーが保管していなければ、歌手・吉川晃司は誕生しなかったであろう。

 84年2月、吉川のデビュー作にして主演映画の「すかんぴんウォーク」の主題歌「モニカ」はレコード売り上げ34万枚を記録。ナベプロが計2億円の宣伝費をかけたといわれる、大物新人は順調なスタートを切った。

 事務所に送った手紙、実は吉川本人が書いたものだったという。当時、広島の高校生だった吉川はバンド活動をしていたが、それよりも彼は水球選手としての方がはるかに知名度が高かった。中学時代は全国大会に出場し、主将としてチームを準優勝に導き、高校では1年生でジュニアの日本代表に選ばれ、イタリアでの世界大会に出場。84年に開かれるロサンゼルス五輪の代表候補選手だった。

 周囲からは水球一筋のように見られていたが、その頃音楽への興味がどんどん膨らみつつあった。水球の練習が終わると、今度はライブハウスへ。ここでボーカルを務めた吉川は「もっと目立ちたい」という若さならではの感情を抱いた。

 「水球は所詮マイナースポーツ。もっとでっかい世界でやってみたい」と、歌手の道を選択。東京と違って広島ではなかなかチャンスがないことから、思い切って唯一名前を知っている芸能プロダクションであるナベプロに手紙を書いた。

 この手の売り込みはいくらでもあった。普通ならゴミ箱行きだが、水球でならしたという経歴と、1メートル81、胸囲が102センチという体格に魅かれ手紙は捨てられずに済んだ。担当者がたまたま四国での仕事があり、そのついでに寄ったところ、地元で女の子の親衛隊が付くほど人気ぶりにびっくり。声にも独特のツヤがあって悪くない。水球で鍛えた身のこなしも魅力があった。まさに掘り出し物。さっそく契約へと話を進めた。

 男性アイドルはジャニーズからでないと大成しない、というその頃の図式を破った、アブない匂いのする18歳はピンク色のスーツをトレードマークに、アイドルらしからぬロック調のデビュー曲で、ヒットチャートを簡単に席巻した。

[ 2012年3月6日 06:00 ]

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