アニメ研究部 安彦良和

ガンダムORIGIN 安彦良和総監督が描く“3倍速いシャア”と“コロニー落とし”の真実

[ 2017年8月25日 10:00 ]

劇場版アニメ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦」について語った安彦良和総監督
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 映画「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦」が9月2日に公開される。1980年代前半に大ブームとなった「機動戦士ガンダム」の“前史”を描くシリーズは5作目で、最大のヤマ場に突入。安彦良和総監督(69)に今作の見どころを聞いた。

 ガンダムに詳しくなくても「赤い彗(すい)星」と呼ばれる敵のエースパイロット、シャア・アズナブルと、彼のモビルスーツ「ザク」が通常の3倍の速度で移動する設定を知る人は多いのではないだろうか。今作には、その“3倍のスピード”を体感できる場面がある。

 安彦氏は「最後の場面をシャアでいくのは決めていたのですが、どう描くか結構モメましてね。その中で“シャアといえば3倍速いというのがキーワードだから”とアイデアが出て、ああいう形になった。良かったと思います」とスタッフの頑張りを称える。

 宇宙空間の漆黒の闇に浮かぶ無数の戦艦。その間を縫うように、シャアの赤いザクが飛ぶ。操縦席のモニターが怖いほどの速度で眼の前に迫る敵艦を繰り返し映し、ギリギリのところで避けていく。映像のブレからは機体の性能を限界まで引き出した感覚が伝わる。加速に逆らって持ち上げるシャアの首が重そうで、見ているこちらも重力を感じるほどだ。

 “ファーストガンダム”と呼ばれ、1979年にテレビアニメとして誕生したシリーズ第1作「機動戦士ガンダム」から38年。アニメ表現の進歩には改めて驚かされる。安彦氏も「今はぜいたくすぎるくらい何でもできる」と感慨深げだ。

 アニメーター兼作画監督で参加したファーストは全て手書きだったが、今やCG全盛の時代。金属製のロボットが手足をしならせた当時の作画と違い、より現実に近い造形で描ける。だが、人の目にはデフォルメした手書きが“リアル”に映ることもある。そのためCGの基本設定を場面に合わせて崩すこともあるという。「作画監督の2人がいい仕事をしている。非常に苦労を重ねています。CGは日々進歩。発展途上ですね」と技術のさらなる進歩に期待する。

 “ORIGIN”は最新技術を駆使し、ガンダム世界の最も古い時代を映像化したシリーズで、ファーストの世界をファンがより深く理解できるよう描かれている。今作のサブタイトルにある「ルウム会戦」とは、ファーストで主人公アムロ・レイの属する地球連邦とジオン共和国が戦った「一年戦争」序盤の戦いだ。

 ファーストの物語はこの一年戦争の中盤から始まり、ルウム会戦自体は描いていない。ただ1度だけ登場人物の口から説明されている。「ルウム戦役では、シャア1人に5隻(せき)の戦艦を沈められた」。シャアの凄腕と一年戦争のスケールを示すセリフで、当時のファンの心に刻まれた。

 「コロニー落とし」も注目の場面だ。安彦氏は「これがどういうことか、しっかりと重く考えることが今まであったんだろうか。そういう疑念がずっとあった」と振り返る。

 コロニー落としとは、ジオンが数千万人の宇宙移民が暮らす「スペースコロニー」を地球に落とした大殺りく作戦。円筒形で全長数十キロメートルのコロニーを地球にぶつけ、壊滅的な被害を与えた。ファーストでは毎週、本編前に「総人口の半数を死に至らしめた」とのナレーション付きで放送されたが、コロニー落とし自体は詳しく描かなかった。

 安彦氏は「コロニーは生活空間ですよ。住んでいる人からしたら“冗談じゃねえ”って話。まがまがしい行為は、そのように描かなければいけない」と語る。ガンダムの世界では、コロニー群を含む地球圏の人口は約100億とされる。「その半数だから50億人死んだってことです。どれだけ大変なことかと。数が大きくなるとマヒするが、そこを正気で描かなければと、随分前から会議してきた」と明かした。

 今作はコロニー内の1組のカップルに焦点を当てた。「(死者は)その“25億倍”ですよ」。落とした側であるジオンのドズル中将が罪悪感に苦しむ場面も描いた。家庭に戻り、一人娘への愛情を確かめ涙する場面を「“この何億倍もの命を”と泣く感覚は大事」と安彦氏。そして「ただ、人の感情は瞬時にそこを通過してしまう」と続けた。ドズルは苦悩しながら、戦いの目的を見つけ出す。「人間というのは、ドズルのように(自分の目的や行動を)合理化してしまう。その恐ろしさも描かなければいけない」。戦争の怖さ、その中で生きる人の思いを考えさせられる名場面となっている。(岩田 浩史)

 =インタビュー後編は9月1日アップ予定。

 ◇機動戦士ガンダム 1979〜80年放送のSFロボットアニメ。地球周辺に複数の「スペースコロニー」を打ち上げ、人類の一部が移民して半世紀以上過ぎた時代の物語で、コロニー国家のジオン共和国が地球連邦に仕掛けた独立戦争(一年戦争)を描く。レーダーや電波誘導兵器が無力化される発明により戦争が白兵戦に近い状態となり、モビルスーツと呼ばれるロボット兵器が活躍。当時のアニメにない戦争と人間模様の描き方で、幅広い年齢のファンを得た。プラモデル(ガンプラ)が爆発的人気となり、81年から公開の劇場版3部作も大ヒット、社会現象となった。監督は富野喜幸(現・由悠季)氏。安彦氏はキャラクターデザイン、作画監督などで参加した。続編などのアニメが現在も製作され、放送中。

 ◇機動戦士ガンダム THE ORIGIN(ジ・オリジン) 2001〜11年、安彦氏がファーストガンダムを漫画で描いた作品。現代の視点から不自然になった設定を修正し、新キャラや新エピソードを加えた。最終回でアニメ化を発表。15年から、ファーストで描かれなかったジオン建国の経緯や一年戦争の序盤を劇場版アニメなどで描いている。第6作「誕生 赤い彗星」の18年公開が決定している。

 ◇安彦 良和(やすひこ・よしかず)1947年12月9日、北海道生まれ。弘前大在学中、学生運動に傾倒し除籍処分となり上京。虫プロでアニメーターとなる。その後、フリーとなり「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」シリーズなどに携わる。79年「アリオン」で漫画家デビュー。83年に映画「クラッシャージョウ」で初監督を務める。80年代末からは漫画に専念。日本の神話が題材の「ナムジ」や、ノモンハン事件を描いた「虹色のトロツキー」、日清戦争などを描いた「王道の狗」などを発表し、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(2000年、王道の狗)などを受賞。15年公開の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル」で総監督を務め、約25年ぶりにアニメ現場に復帰。

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