アロマアセクって何?「恋せぬふたり」の脚本家・吉田恵里香さんが開く「普通」の扉

[ 2022年5月24日 07:30 ]

著書「恋せぬふたり」を手にする吉田恵里香さん
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 恋愛感情も性的欲求もない「アロマンティック・アセクシャル」の男女を、高橋一生(41)と岸井ゆきの(30)のダブル主演で描いて話題となった1月期のNHKドラマ「恋せぬふたり」が、脚本を手掛けた吉田恵里香さん(34)によって小説化された。価値観が多様化し「普通」が普通と言い切れない世の中で、幸せの形を探す男女の物語。執筆の狙いを吉田さんに聞いた。

 「アロマンティック・アセクシャル」という言葉を初めて聞いた人も多いのではないだろうか。耳慣れないテーマをドラマに持ち込んだ理由について、吉田さんは「知る機会がないと関心がない人はいつまでも関心がないままですから」と答えた。「アロマンティック」は異性にも同性にも恋愛感情を抱かない性質で、「アセクシャル」は性的欲求を持たない性質のこと。どちらも持つ人を「アロマンティック・アセクシャル(以下アロマアセク)」と呼ぶ。

 NHKで1~3月に放送された「恋せぬふたり」は、高橋と岸井が演じる「アロマアセク」の男女が家族になることを目指し、同居を始める物語。「愛し合う男女が子供をつくる」という“普通”から離れた家族の形、幸せの形を探す2人と、困惑しながらも2人を受け入れていく周囲を描いた。SNSでは「家庭を持つ=幸せという声が押しつけに感じることは私もある」や「普通って何だろう」といった声が上がった。昨年度に放送されたテレビドラマの中から優れた脚本家に贈られる第40回向田邦子賞を受賞した。

 吉田さんがアロマアセクに興味を持ったきっかけは4、5年前に見た海外アニメ。当たり前のように「恋愛することが幸せ」と描かれていることに違和感を覚えた。「悪気なく“恋愛ってすごい”と描きがちだけど、それを見て傷つく人もいる」。脚本家として、物語を世に出す重みを改めて考えさせられた。

 多くのドラマや物語が、恋愛の成功や結婚をゴールとしがちな中で、それを覆したのが「恋せぬふたり」だ。これまで映像作品で扱われてこなかったアロマアセクを真正面から描いた。

 脚本を書きながら細心の注意を払ったのが、自身の考えるアロマアセクが今後のスタンダードにならないこと。「“きっとそうだろう”という自分の感覚で書かないように気をつけました」と強調した。一言に「アロマアセク」といっても人それぞれに違い、恋愛や性的感情が理解できない人もいれば、嫌悪感を持つ人もいる。アロマアセクの人に考証として参加してもらい、1人1人がグラデーションを描くように小さな違いを持つことに気をつけた。

 「恋せぬふたり」は、当事者の2人や周囲の葛藤を通して「普通」とは何かを問う物語でもある。世の中には「結婚することが幸せ」「大企業に就職することが幸せ」など、さまざまな「普通」が存在している。そして「普通」の押しつけを感じ、苦しむ人もいる。

 吉田氏自身も「普通」に苦しんだ過去がある。大学時代から脚本家の道に入り、人気アニメ「TIGER&BUNNY」(2010年)に携わるなど順風満帆に見える一方で、独り立ちできるまでは「普通は就職して自立するものだ」などの言葉に心を乱された。「“普通”という言葉が自分を生きにくくさせているというのはありました」と振り返る。

 映画「ヒロイン失格」(15年)、ドラマ「花のち晴れ~花男NextSeason~」(18年)など話題作を担当するようになると「自身が書くテーマが社会に向けたメッセージになっていると気づいた」という。特にセクシュアリティーのようなセンシティブな問題は「関心のない人が当事者の人を傷つけている。まずは知ってもらう努力が一番大事」と考えている。

 価値観が多様化した今の社会を「いろんな生き方が選べるようになってきている」と歓迎しつつ「みんなまだ“普通”に縛られている」とも思う。だからこそ「エンタメで少しずつ扉を開き、声を上げられる社会にしたい」。自身の描くドラマや小説がその一助になれば…というのが脚本家としての願いだ。テレビ東京ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(20年)など話題作が続いている今こそ、エンタメで扉を開くチャンス。「生きづらかったり、苦しい思いをしている人に手を差し伸べられる作品が書きたい」と次の構想を練っている。

 ◇吉田恵里香(よしだ・えりか)1987年(昭62)11月21日生まれ、神奈川県出身の34歳。日本大学芸術学部卒。代表作に映画「センセイ君主」「ホリックxxxHOLiC」などがある。小説「脳漿炸裂ガール」シリーズは累計発行部数60万部を突破するなど、映画、ドラマ、アニメ、小説等、ジャンルを問わず多岐にわたる執筆活動を展開している。10月期には脚本を手掛けるTBSドラマ「君の花になる」が放送予定。

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