上の世代に志ん朝、談志、円楽…天才、鬼才、秀才の陰で歩んだ小三治さん独自の道

[ 2021年10月11日 05:30 ]

柳家小三治さん死去

柳家小三治さん。1974年10月撮影
Photo By スポニチ

 少し上に「天才・朝太(古今亭志ん朝さん)、鬼才・小ゑん(立川談志さん)、秀才・全生(五代目三遊亭円楽さん)」といった個性的な落語家がいる中、黙々と独自の道を歩み続けた小三治さん。志ん朝さんと談志さんらスターが亡くなった後は江戸落語界を代表する存在となった。

 “落語界の風雲児”と呼ばれた談志さんは、元々は五代目柳家小さんさんに師事した兄弟子。小さんさんとの大げんかの末に破門になった。小三治さんの弟弟子には落語協会元会長の十代目鈴々舎馬風、現会長の四代目柳亭市馬、柳家花緑らがいる。

 目指したのは聞いている人を笑わせようとするのではなく、思わず笑ってしまうような笑いの追求。自身の3年半を追ったドキュメンタリー映画「小三治」ではドライな語り口調ながら、聞く人の心をつかんで離さない姿が映し出された。

 古き良き落語を愛し、10人以上の弟子をとった小三治さん。19年に出版した自伝「どこからお話ししましょうか」では、「私は職人が好きなんですね。自分はどうしたいか。そこなんだよね」とつづっていた。生涯を通し落語と向き合った“職人気質”は、これからも受け継がれていく。

続きを表示

「美脚」特集記事

「嵐」特集記事

2021年10月11日のニュース