バイク、スキー、オーディオ…趣味も「求道者」の小三治さん 三遊亭円窓「噺家がやらないことに熱中」

[ 2021年10月11日 05:30 ]

柳家小三治さん死去

落語家仲間と結成したツーリングチーム「転倒蟲」の仲間と。左端が柳家小三治さん(1986年4月12日、南池袋にて撮影)
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 多趣味な人として知られた小三治さん。バイク、スキー、ボウリング、俳句、オーディオ、麻雀、ゴルフ…。何事にも深くのめり込むタイプで、芸だけでなく趣味にも「求道者」の一面を持ち合わせていた。バイク仲間で、前座時代から芸を磨き合ってきた三遊亭円窓(81)はスポニチ本紙の取材に「噺家がやらないようなことにも熱中していた。それでいてちゃめっ気もある人でした」としのんだ。

 生涯楽しんだのがスキー。毎年冬山にくり出すのが恒例で、今年2月にもスキー旅行を楽しんだばかりだった。ボウリングもプロテスト合格まであと5点というほどの腕前。「プロになろうかな」が口癖だった。オーディオ機器の知識は専門家顔負け。専門誌に連載も持っていたほどで、まくらやテレビ番組でもたびたび話題にしていた。素人には分かりづらい専門知識も持ち前の話術で分かりやすく解説していた。

 バイクはヤマハ「XJ750E」やホンダ「ゴールドウイング」など大型車を乗りこなした。落語家仲間でツーリングチーム「転倒蟲(てんとうむし)」を結成。北海道をツーリングしたこともある円窓は「びゅんびゅん風を切っていた。自分は原付バイクに乗ったことはあったけれど、大きいバイクは経験がなかったから怖かったよ」と懐かしんだ。40代でけんしょう炎を起こしてから乗らなくなったという。

 落語界で孤高の存在となってからは、周囲から「怖い」と思われることもあったが「情に厚く、懐深い人だった」と事務所関係者。他の落語家や文化人らと俳句グループ「東京やなぎ句会」をつくったり、一門の落語家で草野球チーム「ヨタローズ」を結成するなど面倒見も良かった。

 円窓は2人がまだ前座だったころ、壊れた腕時計を小三治さんに預け、一晩のうちに直してくれたという思い出を披露。「こんなことにも詳しいのかと思いましたね」としつつ「翌日に時計を返してもらったら“ちなみに部品はこんなに余ったよ”とたくさんの部品を渡されちゃってね。洒落(しゃれ)が効いていた」と振り返った。芸人としても趣味人としても常に一流であり続けた。

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