計算なかった小三治さん 客の方で笑ってしまうような自然さあった

[ 2021年10月11日 05:30 ]

柳家小三治さん死去

落語家の柳家小三治さん
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 【悼む 演芸評論家・矢野誠一さん】小三治さんとは、1969年に結成した「東京やなぎ句会」で毎月17日に顔を合わせていた。ここ2カ月は電話で参加したり、ファクスで句を送ってくるなど「ちょっと体調が良くない」とは言ってたけど、心配する状況とは聞いていなかったから残念だし驚いた。半世紀以上続く句会だけど、永六輔さんも(2016年に)亡くなって創設メンバーは僕一人になってしまった。

 淡々とした口調で語る話に引き込まれどっと笑いが起きたが、小三治さん自身に「笑わせよう」という計算はなかったのではないか。客の方で笑ってしまうような自然さがあった。落語家は、年輪を重ねた自分を丸裸にして高座にあがるようなもの。客は細かな芸や雰囲気というより、人間そのものを評価する。師匠の五代目柳家小さんが求めたものを、極限まで突き詰めたように思う。

 芸事に限らず何事にも筋を通す、ぶれない人だった。嫌なことは嫌といい、自分の意見を貫き通す強さがあった。2010年から落語協会の会長を務めた際は、副会長に22歳も年下の柳亭市馬現会長を抜てきするなど、思い切った世代交代を進めた。

 何事にもこだわる人で特に口に入れるものにこだわった。塩とハチミツは、その道のオーソリティー(権威)と言っていいほど。塩が日本専売公社の専売だった時代に海外旅行など行く先々で塩を買ってきていた。ベネズエラに旅行した際、現地の塩を口にして目ざめたと聞いた。

 三代目古今亭志ん朝、五代目三遊亭円楽、七代目立川談志、そして十代目柳家小三治…私と同年代の大物がみんな逝ってしまった。一つの時代が終わってしまった喪失感を感じている。(演芸評論家)

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