「北の宿から」「この木なんの木」…作曲家・小林亜星さん逝く 88歳心不全

[ 2021年6月15日 05:30 ]

1974年放送のTBSドラマ「寺内貫太郎一家」に主演した小林亜星さん。左から、樹木希林(当時悠木千帆)さん、西城秀樹さん、加藤治子さん、梶芽衣子。上は浅田美代子(C)TBS
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 「北の宿から」や、♪この木なんの木…の歌い出しで知られるCM曲などを手がけた作曲家の小林亜星(こばやし・あせい)さんが5月30日、心不全のため都内の病院で死去した。所属事務所が14日、明らかにした。88歳。東京都出身。葬儀は近親者で行った。ふくよかで愛きょうのあるルックスで、TBSドラマ「寺内貫太郎一家」シリーズの主演を務めるなど、お茶の間でも親しまれた。

 漫画のキャラクターのような愛らしい肥満体とメガネ。そして一度聴けば耳から離れない魅惑の旋律。長らく愛された亜星さんが突然、この世を去った。

 所属事務所によると亜星さんは5月30日の早朝、自宅の寝室で転倒。ベッドと壁の狭い隙間にはまり、身動きがとれなくなった。近隣住民の手を借りて助け出そうとしている間に、亜星さんの意識が薄れてきたという。そこで119番通報したが、妻に付き添われ搬送される途中で心肺停止状態に。搬送先の病院で蘇生を試みたが、死亡が確認された。

 関係者は「前日夜も普通に食事、飲酒していた。3、4年前に心臓疾患で入院、手術を受けていたが持病はなかった」と説明。「コロナ禍で仕事を控えていた影響で足腰が弱り、階段や車の乗降などは少し苦しそうだったが、日常生活に問題はなかった」と突然の別れに戸惑いを見せた。今後、お別れ会の予定はない。

 亜星さんは60年前の1961年、レナウンのCM曲「ワンサカ娘」でヒット作曲家の仲間入り。その後も明治製菓「チェルシー」やロート製薬「パンシロン」などの名曲を手がけた。♪この木なんの木…の歌い出しで知られる日立グループのCM曲をはじめ、♪あなたとコンビに…で始まる「ファミリーマート」など今に受け継がれる作品も多く残した。

 200万枚超のヒットとなった「ピンポンパン体操」など子供番組やアニメにも多くの名曲を提供。都はるみ(73)の歌唱で76年の第18回日本レコード大賞を受賞した「北の宿から」をはじめ、フジテレビのドラマ「裸の大将」シリーズの主題歌「野に咲く花のように」など歌謡界でも活躍した。手がけた曲数は実に8000曲。誰が聴いても覚えやすい、シンプルな曲作りを信条とした。

 また、忘れられないのは俳優としての顔。デビュー作にして代表作となった「寺内貫太郎一家」(74年スタート)では、体重100キロ超の体格を買われ、ちゃぶ台をひっくり返す頑固オヤジ役で主演。手は早いが情にもろい、昭和のオヤジ像の見本のようなキャラクターで親しまれた。出演前の亜星さんは長髪でラッパズボン。原作者の故向田邦子さんは難色を示したが、プロデューサーの故久世光彦さんが丸刈りのメガネ姿に変身させ、納得させた。

 息子役で、当時トップアイドルだった故西城秀樹さんを投げ飛ばすシーンが定番だったが、ある日、むき出しになったセットのクギで秀樹さんが大ケガした際はファンから脅しの手紙が殺到。昨年放送されたBS朝日のインタビュー番組で「おまえの大事なところを引っこ抜くぞ、という手紙が怖かった」などと笑いながら話した。

 来月に開幕予定の東京五輪を目前にこの世を去った亜星さん。64年に行われた前回の東京五輪前、高度成長に沸き上がる日本の上昇機運とともに、作曲家として駆け上っていった。しかし、2度目の祭典を見届けることはできなかった。

 ◆小林 亜星(こばやし・あせい)1932年(昭7)8月11日生まれ、東京都出身。1955年に慶大経済学部を卒業後、製紙会社などを経て作曲家に転身。クラシック、ジャズ、演歌などジャンルを問わず数多くの名曲を生み出した。俳優としてはTBS「寺内貫太郎一家」やNHK連続テレビ小説「さくら」などに出演。テレビ朝日「ヒントでピント」、TBS「わくわく動物ランド」などクイズ番組でも活躍。2015年に日本レコード大賞功労賞を受賞。

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