華原朋美 波乱万丈な人生を「まあ簡単に」まとめる 「今はすごくいい状態」

[ 2021年4月22日 13:00 ]

華原朋美
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 歌手の華原朋美(46)が21日深夜放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(月~木曜深夜1・00)に出演。失恋でどん底だった人生から立ち直るきっかけは日本テレビ「進ぬ!電波少年」だったと明かした。

 華原は95年に21歳で歌手デビュー。当時、交際関係にあった音楽プロデューサーの小室哲哉氏(62)のプロデュースでヒット曲を連発。その後、破局することになる。

 同時を「どん底っていうか人じゃなく無くなっちゃいましたから」と振り返った華原。そこから立ち直ったきっかけを聞かれ、2000年8月からオンエアが開始された日本テレビ「進ぬ!電波少年」の企画「華原朋美の電波少年的全米デビューへの道」を挙げた。

 華原が過去の栄光をかなぐり捨て、心機一転して渡米、全米デビューを目指すという企画。「7カ間、アメリカにずっといたんですけど、ディレクターと2人きりで。洗車のバイトしたり、おうち借りたりして」と回顧。数々の試練を乗り越えながらも、セリーヌ・ディオンらを手掛けるトップ・プロデューサー、アンディ・マーベル氏と出会い、オーディションに合格。「NEVER SAY NEVER」を提供してもらった。

 「曲を書いてもらって、帰ってきたんです」と懐かしみつつ「あれで、日本を離れて、アメリカで過ごすっていうのは結構大変でしたし、自分で生活をするための費用を稼がないといけないし、大変でしたね」としみじみと語った。

 その後の人生も決して平たんなものではなかった。社会学者の古市憲寿氏(36)から「アップダウンを求めちゃうんですか?」と問われ、華原は「アップダウンをしてしまう神経を持ってしまったんです、繊細な神経を。いい時はすごくいいんですけど、ダメな時はすぐにダメになっちゃうので、そこを注意しながら今は進んでいってる。今はすごくいい状態ですね」とした。

 自身の波瀾万丈な人生について「出会いから捨てられ、どん底を味わい、アメリカに7カ月。日本に帰ってきて、普通に仕事をするが、精神的を病み、また復活して、そこから仕事が増えていくにもかかわらず、付き合ってた彼氏が悪いせいで事務所を解雇され、そして5年ぐらい間が空くが、そのうちの1年をフィリピンにあるお父さんのおうちに住んで、体調を整えて、FNS歌謡祭で復活したっていう、まあ簡単にいうと、こんなストーリーです」と振り返ってまとめた。

 それでも「いつまたどん底がやってくるんだろうってところが心配。だから、体においては気を付けながらカウンセリングを受けたりとかそういうふうなことをしています」とも。「元気で笑顔でいつまでもテレビに出られるような自分でいたいなと思います」と前を向いた。

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