チャーリー浜さん死去 78歳 吉本新喜劇を全国区にした「…じゃあ~りませんか」

[ 2021年4月22日 05:30 ]

チャーリー浜さん(C)吉本興業
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 吉本新喜劇のお笑い芸人、チャーリー浜(ちゃーりーはま、本名西岡正雄=にしおか・まさお)さんが18日午後6時41分、呼吸不全と誤嚥(ごえん)性肺炎のため大阪市内の病院で死去した。78歳。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者で行った。七三分けに眼鏡の生真面目そうな服装でギャグを連発。代表作「…じゃあ~りませんか」は、1991年「新語・流行語大賞」の年間大賞を受賞するなど一世を風靡(ふうび)した。

 「ごめんくさい」「君たちがいて、僕がいる」「いずこへ?」など、名作ギャグを量産した個性派芸人が静かに旅立った。

 サントリーの栄養スナックバー「ポケメシ」のCMに「…じゃあ~りませんか」が起用され一躍全国区に。91年の「新語・流行語大賞」で年間大賞を受賞しても「給料は一銭も上がらなかった」と話していたが、前年に初めて東京進出した吉本新喜劇が全国的にブレークする立役者となった。

 関係者によると、昨年秋から体の不調もあり、介護付き老人ホームに入居していた。3月中旬に体調を崩して入院。最後は近親者にみとられながら息を引き取ったという。

 高校時代から故緒形拳さんに憧れ、17歳で歌手を目指してタレント養成所に。そこに来たタレントの大村崑(89)に顔が似ていたことから「ニセ大村崑」としてCMなどに一緒に出演し、芸能界に入った。大村が在籍した劇団「笑いの王国」に参加。先輩に故花紀京さんがおり、1962年6月に花紀さんを追う形で吉本興業に入社した。以降「浜裕二」名義で新喜劇で活動。キザな役柄に似合わぬ、コミカルな発声としぐさのギャップで人気を博した。

 転機は89年。人気低迷に苦しむ新喜劇に吉本がテコ入れとして始めた「吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」だった。実情はリストラ。師事した花紀さんら大物芸人が勇退を迫られる中「いまさらサラリーマンできへん」と、オーディションを受け直し残留。心機一転、好きだった米ドラマ「チャーリーズ・エンジェル」にちなんで劇中で何度か名乗っていた「チャーリー浜」に改名した。以降は若い座長陣とともに新しい笑いを追求し、新喜劇に欠かせない存在になった。

 真面目そうな風貌に似合わず、芸人らしい型破りな面もあった。若手時代に自宅アパートで1人でハリハリ鍋をつつきながら2升4合の酒を飲み、ガス管を蹴飛ばしガス中毒に。一時心臓が停止し約1年休養。セリフが覚えにくくなるなど後遺症に苦しんだ。また、4度の結婚を経験。離婚の原因はいずれも酒癖の悪さと言われた。

 最後の舞台は昨年3月、京都市のよしもと祇園花月で行われた配信イベント。生前「やめたらハワイでゴルフをしながら死にたい」と語っていたが、体が動く限り芸に生きた。舞台で客を笑わせることの魅力に取りつかれた喜劇人生だった。

 ▽誤嚥性肺炎 食べ物や唾液、吐しゃ物などが気道内に入ってしまうことから発生する肺炎。肺炎は日本人の死因の第3位で、その中でも高齢者の8割以上が誤嚥性肺炎というデータがある。加齢や脳梗塞の後遺症、パーキンソン病などで物をのみ込む嚥下機能が低下することで起こる。最近では、昨年4月、脳梗塞で療養中だった俳優・志賀廣太郎さん(享年71)が誤嚥性肺炎で他界した。予防には、頬を膨らませたりへこませたりする動作や舌を出して左右に大きく動かすなどの運動が挙げられる。また、口腔(こうくう)ケアで口の中の細菌を減らしておくことや高齢者は肺炎球菌ワクチンを接種することが有効とされている。

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