岡田晴恵教授 「スタジオの外では泣いていた」新型コロナ拡大止まらず…虚しさ吐露

[ 2021年4月12日 15:08 ]

岡田晴恵氏
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 白鴎大教育学部の岡田晴恵教授(57=感染症学)が、12日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演し、新型コロナウイルス感染拡大により超多忙になった日々と、ウイルスの猛威との葛藤について語った。

 昨年からのコロナ禍で、同局系「羽鳥慎一モーニングショー」など数々の番組に識者として出演。昨年上半期のテレビ出演本数は、女性では最多だった。「8カ月くらい毎日でしたし、他の報道番組も出てました。土曜も日曜もありました。8カ月くらいは3時間くらいしか寝られない、そういう毎日でした」と大忙しだった期間を振り返った。

 使命感にかられていたといい、「流行をどうにかしたかった。本当は緊急事態宣言を出したくなかった。出さないためには流行を止めたかった。今やることはこれ、今やることはこれ、じゃないと先がこうなっちゃう。前へ前へ説明することを頑張ってきた」と明かした。

 共立薬科大の大学院で薬学修士号を取得。さらに順天堂大の大学院で医学博士号を取った後、国立感染症研究所でさまざまな感染症と向き合った。「感染症研究所では、在職している時にSARSというコロナバイラスの流行が2003年にありまして、その対策も目の前で見てきた。パンデミック対策というか、感染症対策を一から叩き込まれてきました」。その後、大学教授として教える立場になり、「研究所から大学に移ったことでやることは一緒」という思いで教壇に立っていることを明かした。

 感染症の専門家として、新型コロナの猛威には無力さも感じたという。「どんどん感染者が増えたり、緊急事態宣言を出さなければいけない状況になった時には、泣きたい気持ちになっちゃって」。そんな時に心の支えになったのは、黒柳の著書の一節だったという。「徹子さんのご本で、『トットちゃん』の大人版の方で、『スタジオでは泣くな。川原で泣け』って書いてあったじゃないですか。私は川原まではもたなかったけど、スタジオでは泣かないんだと(思っていた)」。出演後、「スタジオの外では泣いていたということはあった」といい、「ディレクターさんがよくティッシュボックスを持って来て」と明かした。

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