アントニオ猪木氏とタイガーマスクが同じリングにいた黄金時代

[ 2020年8月19日 12:30 ]

1997年4月12日に東京ドームで戦ったアントニオ猪木氏とタイガーキング(佐山聡氏)
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 【牧 元一の孤人焦点】1980年代に一世を風靡(ふうび)したプロレスラーの初代タイガーマスクをクローズアップしたNHK・BSプレミアム「アナザーストーリーズ」が18日に放送された。

 番組では初代タイガーの佐山聡氏が原因不明の病気と闘いながら、「夢がある以上、病に負けるわけにはいかない」と、息子の佐山聖斗ら若い選手に総合格闘技の技術を教える姿が映し出された。

 この番組でも証言していたアントニオ猪木氏に初代タイガーについてインタビューしたことがある。猪木氏は、佐山氏が人気絶頂だった頃にプロレスから離れてしまったことに関して「もったいなかった」と話した。

 初代タイガーは日本でブームを作り、米国にも進出。猪木氏は「試合が無条件に面白かった。ハリウッド映画に出る話もあった。あのまま続けていたら、世界的なスターになっていたかもしれない」と惜しんだ。

 新日本プロレスのレスラーの中から佐山氏をタイガーに指名したのは猪木氏自身。漫画の原作者の梶原一騎さんと新日プロの新間寿営業本部長(当時)の間で計画が持ち上がった当初はジョージ高野氏も候補だったが、佐山氏の格闘家としての素養を見込んで決めたという。

 猪木氏が成功の源として挙げたのが、デビュー戦のダイナマイト・キッドさん(2018年死去)との試合。キッドさんは鍛え上げた肉体、スピード、パワーの全てを兼ね備えており、猪木氏は「佐山にとっては強敵だったけれど、簡単に勝てるような相手だったら、佐山の良さが出なかった。結果的に、レベルの高い試合になって、のちのブームにつながった」と指摘した。

 佐山氏も「アナザーストーリーズ」の中で「アドレナリンを全開にさせてくれるような人間。好敵手で、『本当に闘ってやる』という気持ちで戦った。ナンバーワンの選手だった」とキッドさんをたたえていた。

 キッドさんとの初戦が行われたのは1981年4月23日の東京・蔵前国技館。猪木氏はこの日、NWFヘビー級王座決定戦でスタン・ハンセンに勝利し、試合後、IWGPに参戦するため王座を返上した。当時は金曜午後8時からテレビ朝日で新日プロの試合が放送されており、プロレスの黄金時代だった。

 猪木氏と佐山氏は一度はたもとを分かったものの、再び融合。1997年4月12日には東京ドームで初対戦(佐山氏は「タイガーキング」として参戦)した。もしも、2人の試合が80年代半ばまでに実現していればドリームマッチになっただろう。

 猪木氏に「タイガーが大人気になった時、嫉妬を感じましたか?」と聞いたこともある。猪木氏は「オレは体がボロボロだったから、早くスターを作りたいと思っていた」と笑った。猪木氏と佐山氏という2人の天才が同じリングにいた時代。あの時のプロレスブームは必然だったのだと、あらためて思う。

 ◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。

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