古今亭菊之丞 「人間が描けていれば、それでいい」

[ 2020年7月24日 12:30 ]

浅草演芸ホールの楽屋で笑顔を見せる古今亭菊之丞
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 【牧 元一の孤人焦点】古今亭菊之丞の落語を浅草演芸ホールで聞いた。演目は「紙入れ」。間男(まおとこ)が右往左往する話だ。

 登場人物は小間物屋の新吉、出入り先のおかみさんとその旦那の3人。しゃべればしゃべるほど追い詰められる新吉の動揺ぶり、自分が被害者だと気づかない旦那の間抜けさ、物事に動じないおかみさんの堂々とした様子が面白い。

 際立つ芸を感じたのは、おかみさんの艶っぽさと強(したた)かさの表現。新吉が逃げる時に忘れた紙入れを既に隠していて「そこは、抜かりはないと思うよ~お!」と見えを切る場面の迫力も印象に残った。

 浅草演芸ホール近くの喫茶店で本人に話を聞いた。取材させてもらうのは、昨年のNHK大河ドラマ「いだてん」で、落語と江戸ことばの指導を担当していた時以来だ。

 「やはり寄席の場所によって演目は変わります。浅草は観光地で、全国からお客さんが来ていて初めて落語を聞く人も多い。人情話や難しい話をするよりは常に笑わせに行った方がいい。師匠(古今亭圓菊)から『話で勝負しろ』と言われていたので、漫談で下りて来るようなことはしませんが、それでも笑いの多いものを選びます」

 コロナ禍で寄席が閉まっていた5月、YouTubeに公式チャンネルを開設。初めての無観客の高座に戸惑いつつ、これまでに14本の落語の動画を配信している。

 「落語はお客さんの笑い声によって待ったり行ったりする。呼吸してるんです。それがないのが寂しかった。ただ、だんだん、いいんじゃないかと思うようにもなりました。自分の間(ま)でできるし、保存版にするのもいい」

 動画を配信したことで喜びもあった。病気で入院中の人から「外に出られないので、見るのを楽しみにしている」と言われたり、落語を初めて見た人から「今度、寄席に行こうと思います」と言われたりしたという。

 2003年に真打ちに昇進してから17年。13年の「芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能)」、17年の「芸術祭賞 優秀賞」など受賞歴も豊富。今年10月の誕生日が来れば48歳になるが、この先、どんな道を進むのだろう。

 「落語は、笑いなのかもしれないけれど、最終的な目標は、笑わせることではなく、人間を描くことです」

 かつて、柳家小三治から「いいんだよ、受けなくたって。笑わせようとするから余計なことを言う。人間さえ描けていれば、それでいいんだ」と言われたことがあった。その言葉が長く胸に残っている。思い返せば、前座の頃、師匠の圓菊にも「人間が描けていればいい」と教えられていたという。

 この日の演目「紙入れ」では、確かに、人間がよく描かれていたと思う。

 「僕も48歳になろうとしているのに、それでもまだ分からないことがある。50歳になり、60歳になって分かることがいろいろとあると思います。それを落語に生かしていきたい。その年齢じゃないと語れないことが絶対にあると思います」

 円熟期はこれからだ。

 ◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。

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