東山紀之 80年代のジャニーズの合宿所は「凄まじい広さだった 合宿所のイメージとは違う」

[ 2020年7月22日 14:30 ]

東山紀之
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 少年隊の東山紀之(53)が21日深夜放送のテレビ朝日「川柳居酒屋なつみ」(火曜深夜1・56)に出演。80年代、ジャニーズ事務所のタレントたちが暮した“合宿所”について話す場面があった。

 宇賀なつみアナ(34)から「そもそも合宿所って何をするところ?」と素朴な疑問を投げかけられた東山は「合宿所って、基本的にはジャニーさんが借りているところで、みんな集まって、修学旅行の延長みたいな感じでしたね」と説明。東山がいた当時、近藤真彦、田原俊彦、川崎麻世、シブがき隊、中村繁之、そして少年隊がいたといい、「このメンバーが修学旅行で枕投げするような雰囲気ですね」と懐かしんだ。

 近藤や田原はトップアイドルとして活躍しており、「仕事が忙しいから寝に帰ってくるだけ」だったとか。その合宿所には「レコード会社の人が来たり、振り付けの人が来たり」していたそうで、「シングルを決める時とか、みんなで参加して、あれがいい、これがいい、みたいな聴き比べをやったりとか。みんなでどう思う?みたいな話し合いとかしてた。シブがき隊のB面とかはうちのニシキが考えたタイトルがついたりとか、意外と面白い。マッチさんの『ハイティーン・ブギ』を作るときも、山下達郎さんの作曲なんですけど、達郎さんが合宿所に来て、いろいろ打ち合わせしているところに、僕らもいて、そういうのは結構多かったですね」と意外な裏話も披露した。

 家事などはすべてお手伝いさんがやってくれたといい、「ゲームもできるし、思いついたらすぐリハーサルができる感じになってた」という。とにかく「凄まじい広さだった。合宿所(という言葉)のイメージとはちょっと違うと思う。マッチさんとトシちゃんの部屋はブワーン、ブワーンって広かった。僕は植草と同じ部屋だったんですけど、各自部屋がちゃんとあって」と振り返った。

 当時のようなシステムは今はないが、「中居(正広)と城島(滋)(の時)は残ってたね。V6も井ノ原(快彦)ぐらいはいたかな」と明かした。

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