新日本プロレスで見たいアントニオ猪木氏

[ 2020年7月15日 13:00 ]

1972年の新日本プロレスの旗揚げ戦でカール・ゴッチ(右)と対戦したアントニオ猪木氏(左)
Photo By スポニチ

 【牧 元一の孤人焦点】ベクトルは望ましい方に向いているのではないか?アントニオ猪木氏がスポーツ総合雑誌「Number」最新号で、新日本プロレスのオカダ・カズチカと対談している。

 新日本プロレスはもともと猪木氏が作った団体だ。日本プロレスの改革を目指しながら逆に追放された猪木氏が1972年に設立。タイガー・ジェット・シンやスタン・ハンセンらと名勝負を繰り広げたのもプロボクシング世界ヘビー級王者のムハマド・アリとの異種格闘技戦を実現させたのもそのリングだった。

 しかし、猪木氏は2005年、保有していた新日本プロレスの株を売却。07年には新団体「イノキ・ゲノム・フェデレーション(IGF)」を設立(既に関係を解消)し、たもとを分かつ形になった。

 今は猪木氏が新日本プロレスのリングに上って観客にあいさつすることはなく、所属するレスラーたちの試合を客席で見ることもない。プロ野球で例えるならば、読売ジャイアンツと長嶋茂雄元監督の関係が全く消滅してしまったような状態だ。猪木氏の現役時代を知らない若いファンにとってはどうでも良いことだろうが、猪木氏に熱い声援を送り続けたオールドファンにすれば寂しい。

 ところが、今年2月、その状態に変化の兆しがあった。オカダが試合終了後、マイクを握って「僕が今、気になっている人のことを言わせてください」と話した上で「アントニオ猪木~ッ!」と叫んだのだ。団体と無関係の猪木氏の名前が突然飛び出したことで周囲は騒然。オカダはその時、メディアなどに対して真意を話すことはなかったが、それから約5カ月たって今回の「Number」での対談が実現した。

 今後、猪木氏と新日本プロレスの関係がどうなっていくかは不明だ。長年、猪木氏を取材していると、徐々にプロレスへの思いは薄れているように感じるし、最近になって新日本プロレスへの関心を高めている様子もない。

 だが、オールドファンとすれば、猪木氏がもう一度、新日本プロレスのリングに立つ姿を見たい。今のファンの前で「元気ですかー!」と叫ぶのを聞きたい。今年は、1960年9月に大木金太郎さんと対戦してプロレスデビューしてから60年の節目に当たり、良いタイミングでもある。実現すれば、多くのオールドファンを楽しませることになるだろう。

 オカダが新日本プロレスの了承を得た上で今回の対談に臨んだのだとすれば、周囲の環境も整いつつあると言える。あとは猪木氏の気持ち次第だと思うのだが…。

 ◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。

続きを表示

「美脚」特集記事

「竹内結子」特集記事

2020年7月15日のニュース