広瀬香美 歌手デビューは「小遣い稼ぎ」だった…「やめられなくなっちゃって、今に至る」

[ 2020年7月4日 05:33 ]

広瀬香美
Photo By スポニチ

 歌手の広瀬香美(54)が3日放送のフジテレビ「ダウンタウンなう」(金曜後9・55)に出演し、歌手となった意外なキッカケを明かした。

 1992年にアルバム「Bingo!」でデビューし、1993年に「ロマンスの神様」が大ヒット。今でも高い歌唱力で評価されているが、歌手となったのは「小遣い稼ぎ」のためだったという。

 名門音大に進学しながらも、独特の感性から学校で評価されなかったという学生時代。マイケル・ジャクソン、マドンナらポップス全盛期の米ロサンゼルスを訪れ、「マイケル・ジャクソンだったら私の楽曲を採用してくれるかも」とポップスの作曲家を目指すようになったという。ロサンゼルスで活動することを決意したが、米国暮らしを始めるもお金がなく「そのころバブルで、日本のレコード会社がいっぱいロサンゼルスにレコーディングに来ていて。日本語も英語もできて、音楽アシスタントができる子を探していたんですよ」と米国に来ていた日本のレコード会社のアルバイトに飛び込んだという。

 「日当をたくさんくれまして。1カ月のお家賃が1日で稼げるくらい…なので頻繁にやっているうちに『あなた何になりたいの』と聞かれたから『アメリカで作曲家になりたい。曲を売りたいのでもしよかったら聞いてください』と音源を渡したり、日本に帰国したときには『仮歌やってくれない?』って言われて歌を歌って小遣いを稼いだ。それでお金が貯まったらアメリカに戻って作曲のレッスンに費やしていた」と歌い始めたのは作曲家になるための小遣い稼ぎのためだったと明かす。

 「そんな感じでやっていたら『一曲歌ってみませんか』と。映画の主題歌の仕事があるんですけどやってみませんかって言われて。『いくらですか?』と聞いた」と“歌手オファー”にもあくまで小遣い稼ぎのスタンスを変えなかったというが、26歳で日本で歌手デビューを果たし、一躍スターとなった。

 坂上忍(53)から「作詞作曲でバカ売れして、めっちゃ印税すごかったのでは?」と問われると「だからやめられなくなっちゃって、今に至る」とこれまでの経緯を冗談めかしつつ語った。

続きを表示

「美脚」特集記事

「三浦春馬」特集記事

2020年7月4日のニュース