「風と共に去りぬ」に思わぬ逆風が…

[ 2020年6月17日 08:00 ]

 「風と共に去りぬ」に出演したビビアン・リー(右)とクラーク・ゲーブル=1939年、米ロサンゼルス(AP)
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 【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】米中西部ミネソタ州で起こった白人警官による黒人男性暴行死事件に端を発した人種差別反対の抗議デモが世界に広がりを見せている。同様のケースがその後も発生し、中には略奪、暴動騒ぎにも発展している。米大統領選の行方も左右しかねない今後の展開を日本政府も注視せざるを得ないだろう。

 この問題、芸術の分野にも飛び火した。驚いたのがこちら。米大手配信サービスの「HBOマックス」が映画「風と共に去りぬ」の配信を一時停止したことだ。1939年に公開された作品は南北戦争の頃の南部を舞台に農園主の令嬢の半生を描いた222分の超大作で、アカデミー賞で特別賞も含めて9部門を制した。

 同作品を巡っては奴隷の描き方に対する批判的な見方が一部にあったのも事実で、共同電などによれば、同社の広報担当者も「不幸にも米社会で一般的だった民族や人種への偏見の一部を描いている」と述べながら配信停止の理由を説明した。

 アトランタで大々的に行われた完成披露試写会の模様が映像に残っている。翌年、主演女優賞のオスカー像を手にすることになるビビアン・リーや主演男優賞にノミネートされたクラーク・ゲーブルらの姿は見えるが、このプレミアに招待もされなかったのが黒人女優のハティ・マグダニエル。メイド役を演じて、オスカー史上初の黒人女優となったが、39年当時は白人と同じ晴れやかな舞台に立つのは困難だったようだ。

 マーガレット・ミッチェルの世界的ベストセラーを映画化した作品は1860年代の米国を描いており、当時の空気が映し出されるのは仕方のないことだと思うが、米公開から81年後にこんなことが起こるとはヴィクター・フレミング監督も思いもよらなかっただろう。

 日本で公開されたのは1952年だ。大平洋戦争で東南アジアを転戦した小津安二郎監督はいち早くシンガポールで“敵国作”を鑑賞。圧倒的なスケールに「こんな映画を作る国には勝てない」とため息をついたという有名なエピソードが残っている。

 映画人が選ぶオールタイムのランキングで常に上位に来る作品だが、意外だったのが日本での評価。公開時(52年)のキネマ旬報では12位で、ベストテンにも入っていない。当時は外国映画が入ってくるのに本国での公開時期とタイムラグがあり、優れた作品が集中する年もあった。52年のキネ旬ベストテンを同誌から見てみると―。

 (1)「チャップリンの殺人狂時代」(米・公開47年、監督チャールズ・チャプリン=以下同)(2)「第三の男」(英米・49年、キャロル・リード)(3)「天井桟敷の人々」(仏・45年、マルセル・カルネ)(4)「河」(仏印米・51年、ジャン・ルノアール)(5)「ミラノの奇蹟」(伊・50年、ヴィットリオ・デシーカ)(6)「令嬢ジュリー」(スウェーデン・51年、アルフ・シェーベルイ)(7)「セールスマンの死」(米・51年、ラズロ・ベネデク)(8)「肉体の悪魔」(仏・47年、クロード・オータン=ララ)(9)「巴里の空の下セーヌは流れる」(仏・51年、ジュリアン・デュヴィヴィエ)(10)「陽のあたる場所」(米・51年、ジョージ・スティーヴンス)となっている。

 いずれ劣らぬ名作ぞろい。「風と共に去りぬ」がベストテン圏外に押しやられてもやむなしの感がある。選考委員の淀川長治さんや双葉十三郎さんも点を与えていない。

 ちなみに日本映画は(1)「生きる」(黒澤明)(2)「稲妻」(成瀬巳喜男)(3)「本日休診」(渋谷実)(4)「現代人」(渋谷実)(5)「カルメン純情す」(木下恵介)(6)「真空地帯」(山本薩夫)(7)「おかあさん」(成瀬巳喜男)(8)「山びこ学校」(今井正)(9)「西鶴一代女」(溝口健二)(10)「慟哭」(佐分利信)と、これまた名作がズラリとそろった。

 さて、配信が一時停止となった「風と共に去りぬ」だが、HBOマックスは「今後は歴史的背景の説明や批判を明記した上で、視聴できるようにする」と明言している。1日も早く、その日が訪れることを願うばかりだが、ちょっと心配なのは演劇界への波及。「風と共に去りぬ」は東宝も宝塚歌劇団もレパートリーの1つとしており、とりわけ宝塚は5組すべてで上演されてきた看板演目。今後やりずらくなってしまいかねない。

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