「麒麟がくる」本木雅弘“怪演”の裏側「自分は薄味 不器用な役者」も…樹木希林さんの言葉も胸に新境地

[ 2020年2月16日 06:00 ]

「麒麟がくる」本木雅弘インタビュー

大河ドラマ「麒麟がくる」で斎藤道三役の“怪演”が話題を呼ぶ本木雅弘(C)NHK
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 俳優の本木雅弘(54)がNHK「麒麟がくる」(日曜後8・00)に美濃の守護代・斎藤道三役で22年ぶりに大河ドラマ出演。視聴者を恐怖に陥れる“怪演”が大きな反響を呼んでいる。出家前の「斎藤利政」時代から演じ、従来の“野心の塊”というイメージから、人間味もある新たな“道三像”を模索。自身は道三と違い「もっと薄味に生きている」、また「役者として不器用なタイプ」というが「今回は良くも悪くも一瞬、少しタガが外れてもいいというような演技にチャレンジしたい」と新境地開拓に挑んでいる。2018年9月に亡くなった義母・樹木希林さん(享年75)の「演じるということは鎮魂だ」という言葉も胸に刻む本木に、役作りなど“怪演”の舞台裏を聞いた。

 俳優の長谷川博己(42)が主演を務める大河ドラマ59作目。第29作「太平記」(1991年)を手掛けた池端俊策氏(74)のオリジナル脚本で、智将・明智光秀を大河初の主役に据え、その謎めいた半生にスポットを当てる。物語は1540年代、まだ多くの英傑たちが「英傑以前」だった時代から始まり、それぞれの誕生を丹念に描く。

 本木の大河ドラマ出演は、主演を務めた98年「徳川慶喜」以来、実に22年ぶり。今回、演じるのは美濃の守護代で、光秀(長谷川)の主君・斎藤道三(利政)。一介の油売りだった亡き父・松波庄五郎(長井新左衛門尉)とともに親子2代で美濃の国盗りを目指す戦国下剋上の代名詞的存在。天才的な軍事力と狡猾な政治力を持ち、金銭への執着も強い。ドラマ序盤は出家前の「斎藤利政時代」。

 第2話(1月26日)のラスト。娘・帰蝶(川口春奈)の夫で、美濃の若き守護・土岐頼純(矢野聖人)が織田信秀(高橋克典)と取引し、信秀が道三の居城・稲葉山城下に攻め入る「加納口の戦い」を起こした証拠をつかんだ道三。頼純は主君にして娘婿だったが、容赦なく毒殺した。インターネット上には「唄を歌いながら娘の旦那を毒殺して『つづく』って怖すぎだろ」「蝮、こわっ!自分が知る限り、大河史上でも屈指のゾクゾクくるラスト」「今週は完全にマムシの独擅場回。計算ずくの謀略、このおっさんを敵に回したら、どういうことになるか、モックンの楽しそうな怪演が冴えまくっていた」などの書き込みが続出。視聴者も恐怖に震え上がった。

 第3話(2月2日)。道三は、より操りやすい土岐頼芸(尾美としのり)を新しい守護に擁立しようと画策。頼芸が「守護がいようが、いまいが、守護代のそなたがすべてを取り仕切っているではないか。今や土岐家は、そなたの操り人形じゃと皆が申しておる。今さら守護など。まだ、そなたに毒は盛られたくはない」と拒むと、道三は「操り人形に毒は盛りませぬ」と表情一つ変えず。再びネット戦慄となった。

 司馬遼太郎の代表作「国盗り物語」などは道三1代の成り上がりを描くが、本木は「別の資料が見つかって、今は親子2代にわたって国盗りをしたというのが通説になっています。そうなると、道三は武士の子として生まれ育ったということになりますから、従来の道三像とは違うものになると思います。とにかく“野心の塊”とイメージされますが、池端さんが『戦国時代の人たちは、もっと喜怒哀楽が豊かだった。基本的によく泣いた。もっと瑞々しく、濃く生きていた』とおっしゃっていて。ただただ“野心の塊”というより、そこに垣間見える人間らしさみたいなものも出したいと思っています」と役作りのプランを明かした。

 本木がインタビュー会場に持ち込んだノートに、勉強家の一端が表れていた。「最近は便利ですから、インターネットで斎藤道三と検索すれば、いろいろな情報が出てきます。『国盗り物語』の『道三らしいセリフを集めてみました』みたいなページがあったので(笑)こんなふうにノートに書き出したりしています。例えば『時代のみがわしの主人だ。時代がわしに命じている』。要するに、自分にとって“人の主人”はいないと。もっと言えば『わしは神仏など、わしの家来だと思っている』と言い放っちゃうんですね。つまり、畏れに従わない、だからこそ合理的な生き方を貫ける。自分を鼓舞しようとしているんだと思います。『人間、思いあがらずに何ができましょうか』。開き直っているかのように見えますが、自分を信じなくて何だと。凄いセリフがたくさん出てくるんですよね」

 さらに、道三の辞世の句もチェック済みと研究熱心。「よくない癖かもしれませんが、いつも“最後の答え合わせ”を先に見ちゃうんです。道三の辞世の句も最初に見ちゃいました(笑)。それは『捨ててだに この世のほかは なき物を いづくかつひの すみかなりけむ』。簡単に言うと『死んでしまえば、そこで終わり。安住の土地なんて、どこにもありはしない』と息子(斎藤義龍)との戦(長良川の戦い)に出ていくわけです。道三がその時代に生まれた自分と真正面から向き合い、最初から最後まで、この時代を生きるという覚悟のみで生きてきたことを証明する句だと思います。それは1つ、軸として心の中に持ちながら演じようと思っています」

 放送がスタートし“怪演”が話題になる前、昨年11月に行われたインタビュー。「(道三を演じることは)ヘビーですよね。(道三と違い)自分はもっと薄味に生きているので」と苦笑い。「自分は役者として不器用なタイプので、相当ムラはありますが、生真面目さで(不器用さを)埋めている部分があります。ただ、今回はそういうストイックな方向で役をデザインするんじゃなく、良くも悪くも一瞬、少しタガが外れてもいいというような、羽目を外すとは違うんですが、ボウリングで言えばガーターになってもいいという感じの、それも味と見えればいいという演技にチャレンジしたいと思っています。ちょうど、そんなことを思っていたら、池端さんが『戦国時代の人たちは究極の選択が訪れた時、最後の最後はやっぱり感情で動く』とおっしゃっていて。自分にとっては新鮮というか、ショッキングでした。戦国武将はできるだけ感情を置き去りにして裏をかいていくのかと思っていたので。だから、本番でお芝居をする時も、ここで抑制しないでポーンと上げちゃってもいいと。普段は『恥ずかしいっ』と思うんですが(笑)、そこを恥ずかしがらずに、ちょっとポーンと出てみるかと。自分の中の挑戦として、そういう小さなトライはしています」。この“弾け具合”が視聴者をわしづかみにしているに違いない。

 2018年9月に亡くなった義母の樹木希林さん(享年75)が存命だったら?の質問も飛び出した。

 「基本的には役柄に関係なく、私という幅の狭いタイプ役者に対して、樹木さんは常に『もっともっとおもしろがって』「もっともっと気楽に』とおっしゃっていたのは確かです」

 そして、樹木さんの遺品の中からメモが見つかった。

 「何かの書物や誰かが言った言葉から採ったのか、ご自分でお考えになったものなのか、定かではないんですが。長いので、かいつまむと『見せるのではなく、自分を出すのではなく、心を込めて、無念の魂を鎮めていただくように演じる』、つまり『演じるということは鎮魂だ』と書いてあったんですね。それは今回にも当てはまると思いました。もちろん道三は時代を全うしたという意味では“らしく生きた人”ですが、息子と戦をして散っていったというのは、やっぱり無念だったと思うんですよね。どこか戦の才覚があるゆえに、人の道から外れてしまい、狂気とともに生きる以外に自分の生き方がなかったとも見えます。少し大げさかもしれませんが、道三や戦国の時代に散った生命に寄り添う気持ちをどこかに持って演じることが、やっぱり大事なんじゃないかと思いました」

 約45分にわたるクレバーな“本木独演会”。最後に、道三役の今後の楽しみを問われると「ハゲかつら。4K撮影にも耐え得る、継ぎ目の見えにくい特殊メイクで、ツルッとさせて60代を演じます」と笑いを誘い、締めくくった。本木から一瞬たりとも目を離すわけにはいかない。

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