幻の追悼ライブ、一夜限りのスクリーン上映に涙腺緩んだ

[ 2020年2月8日 08:30 ]

 【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】1月30日の夜、テアトル新宿で行われた松田優作さんのメモリアル・ライブの上映会に足を運んだ。

 優作さんが亡くなった翌年、1990年12月3日に池袋のサンシャイン劇場で「CLUB DEJA―VU ONE NIGHT SHOW」と題して行われたコンサートを収めた映像だ。

 優作さんが兄のように慕っていた原田芳雄が企画し、「探偵物語」などを手掛けた黒澤満さんが製作、崔洋一監督(70)が構成・演出したステージ。「参加者の心の中に残ればいい」との3者の思いから市販はされず、記録用に撮ったビデオが1本残されただけ。ところが、このビデオの所在が長いこと不明となっていた。それが、2018年11月に85歳で死去した黒澤さんの遺品整理で見つかったのだ。

 まるで「世に出せ!」と言わんばかり。黒澤さんのメッセージをくみ取った崔監督は、ライブ映像に加え、関係者への新たなインタビューを「優作について私が知っている二、三の事柄」としてまとめ、DVD2枚組で2月5日に東映ビデオから発売した。

 テアトル新宿での上映会は、そのプロモーションも兼ねてのイベントだった。スクリーンの中で繰り広げられたショーは水谷豊の進行でスタート。内田裕也をトップバッターに宇崎竜童、石田えり、原田美枝子、大楠道代、シーナと鮎川誠、又野誠治、世良公則、桃井かおり、そして原田芳雄と息子でギタリストの原田喧太ら親交があった友人たちが次々と登場し、優作さんの持ち歌を天国に向かって熱唱した。

 30年前のワンナイトだ。みんな若い。イラストレーターの黒田征太郎氏に香川照之の姿も見えたし寺島進も写真で出演。裏方に徹した石橋凌や映画プロデューサーの荒戸源次郎さんもラストで紹介を受けていた。2時間弱の映像。裕也さんやシーナさん、荒戸さん、そして原田芳雄さんら彼岸に渡ってしまった人もいて、胸に迫るものがあった。

 テアトル新宿には原田美枝子や李世福、原田喧太ら、ライブに出演した面々も駆けつけた。エンディングでは拍手も起こり、崔監督も感無量の表情。天国の優作さんにも届いたはずだ。上映後の献杯セレモニーも粋な趣向だった。

 優作さんは89年11月6日に40歳で死去。翌7日付のスポニチを改めて見てみる。1面と芸能面見開きの3ページで悲報を伝えている。あの夜、先輩と門前仲町で飯を食っていた。ポケットベルを持たされていた時代。先輩と筆者のポケベルがほぼ同時に鳴り、社に電話を入れると、デスクが「優作さんが亡くなったという情報が入った」と告げた。

 すぐさま越中島の社に飛んで帰り、裏取りを進めたところ間違いないと分かり、紙面作りに突入した。優作さんの出演作で公開中だったハリウッド映画「ブラック・レイン」の中でもとりわけかっこいい写真を見つけて1面用に出稿したのを覚えている。

 紙面作りが一段落した後、優作さんと親交のあった先輩記者に伴われて自宅に向かった。急を聞いた仲間たちが三々五々駆けつけ、もちろんマスコミも大挙して押し寄せていた。中継車も出ていた。

 三鷹市の斎場で11月7日に営まれた通夜。翌8日付のスポニチ1面を飾ったメーン写真は遺影の前にたたずむ松田美由紀夫人と3人の子どもたち。長男・龍平と次男・翔太、そして娘・ゆう姫の幼い姿が涙を誘う。3人とも両親と同じ芸能の道を歩み、今では押しも押されもしない存在だ。優作さんが亡くなって30年が過ぎた。36歳の龍平も父が亡くなった年齢に近づいている。光陰矢のごとしだ。

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