はるな愛、「エアあやや」誕生秘話明かす “レースクイーンのクビ宣告”がキッカケに

[ 2019年10月28日 06:21 ]

ニューハーフタレントのはるな愛
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 タレントのはるな愛(47)が27日、フジテレビ「なりゆき街道旅」(日曜後0・00)に出演。一斉を風靡した「エアあやや」誕生までの秘話を語った。

 はるなは今やニューハーフタレントのトップとして君臨しているが、ブレイクしたのは2007年。タレント事務所に所属したのは1998年で、9年間は鳴かず飛ばずの状態が続いていた。

 当然、タレントでの活動だけでは食べて行けず、麻布十番の会員制のバーでウェイトレスの仕事をしていたという。そこにはレースクイーンの女性たちも働いており、その仕事をしてみないか、と誘われたそう。「(念願の)女の子の仕事ができる」ということもあって喜んで引き受けた。

 1995年の段階で性別適合手術を受けていたため、外見上は完全に女性。レースクイーンは露出の高い衣装が多かったが、仕事には何も支障はなかった。しかし「ドラッグレース」での仕事を受けた際、思いがけないボロが出てしまった。

 同レースは直線コースを走行し、ゴールまでのタイムを競うというもの。扱う車のエンジンはまさにモンスター級で、排気量もハンパではない。レースクイーンはスタート時には車体の後方にいるため、即座に離れないと大惨事になってしまう。はるなもその事実は百も承知で、逃げるようにその場を離れていたのだが、はるなの走りはガニ股で“男そのもの”だったという。毎回、観衆の前で“男走り”を見せるためたちまち噂になり、結局男ということがばれて仕事をクビになってしまった。

 仕事を失ったはるなは生活費を稼ぐため、レースクイーンの仕事で作った40万円の貯金を使って飲食店をオープン。資金が少ないこともあって、グラスを100円ショップで揃えるなどして、形ばかりのバーを作り上げた。しかし、なかなか軌道に乗らず、厳しい日々が続いていたという。

 そうこうしているとメディアの人間が客ととして訪れるように。はるなの人柄もうけ、ノーギャラながらラジオ出演のオファーを受けることもあった。それがキッカケになったのか、客足は順調に伸びていく。はるなは頑張って対応していたが、ついに声帯が悲鳴を上げ声が出なくなってしまった。

 そんな時、役に立ったのが日頃続けていた松浦亜弥のモノマネだった。元々は声もつけてバーで披露していたのだが、声が出なくなったことで音声にフリを合わせる“エアあやや”にシフト。TBS系のバラエティ番組「あらびき団(2007~2011)」に出演し、大々的にテレビ進出するキッカケとなった。

 MCの「ハライチ」澤部佑(33)は一連の話を聞き、「すべてがつながるんだ。サクセスストーリー!」と驚きの表情。はるなは「そのお店がなかったら、その芸も生まれてなかった」と当時を懐かしんだ。

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