浜崎あゆみと松浦氏の“禁断の愛”交際の経緯と破局の真相は…自伝的小説「M」著者がTVで激白

[ 2019年10月9日 20:02 ]

「M 愛すべき人がいて」の表紙
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 歌手・浜崎あゆみの自伝的小説「M 愛すべき人がいて」の著者・小松成美氏が11日、タレントの中居正広(47)がMCを務めるTBSバラエティー「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(金曜後8・57)にゲスト出演する。今年8月に発売されて以来、累計発行部数16万部の大ヒットとなった著書の執筆経緯や、浜崎本人と彼女のプロデューサーでありながら恋人でもあったエイベックスの松浦勝人会長にそれぞれ、時には2人一緒にインタビューを行った制作の裏側などを明かす。

 執筆のきっかけは、浜崎サイドからの「浜崎あゆみというシンガーが誕生した軌跡をファンの方たちに届けたい」というオファーだったと振り返る。1年間の取材で判明したのは、かつて全く売れないタレントだった浜崎が歌姫へと駆け上がった裏にあるエイベックスの創始者であり音楽プロデューサーの松浦氏との“禁断の愛”。当時六本木にオープンしたばかりのアジア最大級のディスコ「ヴェルファーレ」の上階にあるVIPルームで運命の出会いを果たし、人生が変わったという。

 福岡で生まれ育った浜崎は、幼い頃に両親が離婚。その後、地元で芸能界へスカウトされたものの、大きな仕事は銀行のイメージガールに選ばれたのみ。「母親の負担を減らしたい」と中学卒業と同時に仕事を求めて家族で上京し、1995年には東京の大手の事務所に所属しタレント活動をしていたが、ドラマのエキストラやグラビア撮影ばかり。タレントとして芽が出る気配は一向になかった。

 17歳になっても売れる気配がなく、所属事務所と契約を解消。タレントとしての道が完全に潰れてしまった中、エイベックスへ誘ってくれたのが松浦氏だった。歌などまともに教わったことがないため必死に断る浜崎に対し、松浦は「大丈夫だ、俺を信じろ!俺がお前を歌手にする!」と励ましたという。この松浦の言葉で、浜崎はエイベックスで再デビューすることが決定し「歌姫・浜崎あゆみ」が誕生した。

 しかし、これから歌手として芸能界で闘っていかなければいけない中、松浦への恋心をこれ以上隠し続けることに限界を感じていた浜崎は、松浦に本名を添えて自身の想いをつづったFAXを送った。その翌日、松浦は浜崎が母と暮らす家を訪れ「あゆみさんと付き合っています。真剣です!」と、母親に向けて突然の交際宣言。その後、浜崎を連れ出し、彼の地元である横浜で正式に告白したという。

 こうして浜崎のCDデビューと同時に交際がスタート。新曲をリリースする度に売り上げの順位を伸ばし、1stアルバムでついにオリコンランキング1位を獲得した浜崎は、20歳の時に9枚目シングル「Boys&Girls」で初のミリオンヒットを獲得。紅白歌合戦にも初出場を果たした。旋風が巻き起こる一方で、想像をはるかに超えた大ヒットが2人を破滅へと導いた。

 2人で作り上げた「浜崎あゆみ」は、アーティストとしてこれ以上ない大成功を収めたが、浜崎を一人の女性として幸せにすることを許さず…結局、2人は破局。後日、松浦から浜崎へ「あゆ、俺さ、これからは音楽制作だけに専念することにしたよ。ハワイに住んで向こうのスタジオで楽曲を作るよ」と一本の電話が届く。この連絡を最後に「M」と登録された携帯番号が鳴ることはなく、そこから数日間、涙が枯れるまで浜崎は泣き続けたという。

 そんな深い悲しみも歌うことで乗り越えてきた浜崎は、デビューから20周年を迎えた。「浜崎あゆみ」が今でも歌い続ける理由とは。著者・小松氏が明かす、浜崎あゆみと松浦氏から聞いた真実とは。

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