藤井七段に勝った男、27歳坂井が三段リーグ去る 爪痕残し誇り「やり切った」

[ 2019年10月1日 09:30 ]

 将棋のプロ養成機関の奨励会三段リーグを勝ち抜いた渡辺和史(24)と石川優太(24)の両新四段が、10月1日付で新たにプロ入り。一方で年齢制限を迎え、三段リーグを去った者がいる。7年半、15期にわたり同リーグを戦った坂井信哉元三段(27)。「やり切ったという思いはあります。もうプロを目指すことはないです」と将棋への思いを断ち切り、一般就職活動に気持ちを切り替えた。

 三段リーグは半年ごとに開催され、30人超がわずか2のプロ入り枠を巡り死闘を繰り広げる。坂井は表舞台にこそ出ていないものの、関係者やファンには知られた存在だった。16年4~9月の第59期三段リーグの最終日、初参戦で史上最年少14歳2カ月でのプロ入りに王手をかけていた藤井聡太三段(当時)と、午前の1局目で対戦したのが坂井だった。大きな注目が集まった対局でその藤井を下し、快挙に半日の待ったをかけた。

 「よく覚えてます。藤井さんが先に秒読みになって、トン死(逆転の詰み)で勝ちになった。藤井さんにもプレッシャーはあったのかなと思います」。結局、藤井は午後の対局に勝ち、13勝5敗の1位でプロ入りを決めた。

 その約半年後、藤井がデビューから無敗のまま新記録の29連勝を達成した。連勝を伸ばすたびに「あの藤井が5敗もした三段リーグってどれだけ厳しいんだ」と引き合いに出された。藤井が最後に真剣勝負で敗れた相手として、坂井の名も上がった。「よく声を掛けられました」。取材の申し込みもあったが、自分の勝負に集中するため沈黙を守った。

 小1から都内の宮田利男八段(66)の道場で腕を磨き、12歳で奨励会に入会した。同期は永瀬拓矢叡王(27)や前王位の菅井竜也七段(27)、斎藤慎太郎王座(26)ら、後にタイトルを獲得する逸材ぞろいだった。10代でプロ入りした彼らに少し遅れて12年4月、高校卒業後の19歳で三段リーグに参戦した。

 12勝6敗の好成績を2度マークしたものの、あと一歩が届かない。26歳の年齢制限を迎えた際は「迷いはなかった」と、勝ち越した場合に延長できる権利を2度行使した。だがこの8月、最終節を前に9敗目を喫し、退会が決まった。

 気持ちの整理をつけて臨んだ最終対局の相手は、勝てばプロ入りが決まる石川だった。石川は3年半前、最終局で坂井に敗れプロ入りを逃した因縁があった。再びライバルの運命を左右する一局にも坂井は気負わず、力を出し切って敗れた。喜びをかみしめる石川三段に「おめでとう」と素直に声を掛けた。

 藤井に三段リーグで勝った5人のうち、3人はその後プロ入り。遜色ない力を持ちながら、坂井は5人で初の退会者となった。「今となっては、勝てたのも良かったのかな」。厳しい世界で爪痕を残した誇りを胸に、新たな世界に飛び込む。(記者コラム・矢吹 大祐)

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