国分太一、ジャニーさんは「しゃべりのプロ=ダジャレだと思っている」

[ 2019年7月10日 12:24 ]

ジャニーズ事務所の外観
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 9日に解離性脳動脈瘤(りゅう)破裂によるくも膜下出血のため87歳で死去したジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長との出会いについて、TOKIOの国分太一(44)が10日のTBS「ビビット」(月~金曜前8・00)で振り返った。

 初対面は13歳の時。「オーデイションに行くと、僕と同じくらいの(年齢の)子が100人くらいいて、誰が仕切っているのかも分からない。子供たちしか見えないような会合だったんです」と当時の状況を説明した。そんな中、「私がジャニーです」と自己紹介してきた本人に「そんな訳ない。ジャニーさんの訳ないだろう」と思ったほど社長には見えず、接してくれる際の「距離の近さ」を感じたという。

 16歳でTOKIOを結成した時は、中村茂之(51)の舞台のサブメンバー。その4年後にCDデビューを果たしており、「事務所に入ってから7年かかった。もうちょっと早くデビューさせてくれてもいいんじゃない?と思った」と本音も。

 この2、3年間は積極的に会いに行き、楽屋などで話す機会が増えた。足を運ぶと、ジャニーさんは「しゃべりのプロが来た!」と迎えてくれ、「しゃべりのプロには負けたくないんです」とダジャレを毎回聞かされた。「“しゃべりのプロ”=“ダジャレ”だと思っているジャニーさんも可愛いなと思ったんですよ」と人柄を紹介した。

 

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