ジャニーさん語録「僕が行くところに五輪来る」「モンロー日本に呼んだ」

[ 2019年7月10日 10:10 ]

ジャニー喜多川氏死去

ギネスブック2012年版に掲載されたジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の写真。「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物」の2部門で認定された
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 公の場にはほとんど姿を見せず、裏方に徹したジャニーさんだが、番記者との信頼関係を大切にした人だった。気軽に取材に対応し、自身の生い立ちから思い出話、スターたちとの交流、アイドル論まで語ってくれた。ユーモアたっぷりで含蓄ある「ジャニーさん語録」を紹介する。

 【生い立ち】
 ▼「十里ってあだ名がついちゃった」 運動神経は良かった。猿と同じで、拍手されると調子に乗って何でもやっちゃう。遠泳の授業で疲れたから背面になって休んでたら、いつの間にか十里も流された。それで「十里」ってあだ名がついちゃった。

 ▼「あっちに逃げてたら死んでましたね」 (戦争中、和歌山に疎開)午後2時15分の汽車が最後だったけど、駅員ともめて乗れなくて和歌山市駅で一人で1泊することになって、その夜空襲があった。(近くの)旅館の防空壕(ごう)はいっぱいで和歌山城の方向に逃げたら「坊や、そっちは行っちゃダメだ」と言われて。あっちに逃げてたら死んでましたね。

 ▼「キャッチャーフライは絶対に捕りましたよ」 誰もやらないからキャッチャーをやってた。キャッチャーフライは絶対に捕りましたよ。マスクを取ってフライを捕るのが得意でした。ホームランは打たないけど、器用に好きなところに打てた。

 【歴史の目撃者】
 ▼「僕が行くところに五輪が来るんですよ」 僕は当時、国立競技場の隣のビルに住んでてね。競技が見えるんです。毎日、見る気がなくても目に入りました。ロサンゼルスもたまたま(84年の)五輪の時に行っててね。(仕事が多忙で)見なかったけど。僕が行くところに五輪が来るんですよ。

 ▼「三島由紀夫さんの自殺も見ましたね」 (市ケ谷で)何か騒ぎになっているという情報が入り、行きました。僕はほら(自衛隊で)騒ぎがあったら止めなくちゃいけない側だから。(過去に米大使館勤務)

 ▼「天覧試合も球場にいましたよ」 オヤジがプロ野球パ・リーグのコミッショナーのようなことをしていたから、後楽園の年間パスをネット裏に7席くらいもらってた。天覧試合も球場にいましたよ。

 【スターとの交流】
 ▼「マリリン・モンローを日本に呼んだのもボク」(米大使館勤務時代)米軍の慰問団を呼ぶ仕事なんかもしましたよ。マリリン・モンローを日本に呼んだのもボク。

 ▼「リキさんが呼ぶから」 (力道山の後楽園球場での試合を観戦)血だらけになったリキさんが「ジャニー、こっちに来い」と呼ぶから「怖いな~」と思って行ったら「試合どうだった?」と聞かれた。「怖かった」と答えたら満足そうでしたよ。

 ▼「マイケル・ジャクソンを楽屋に連れて行ってあげたんですよ」 マイケル・ジャクソンが東京音楽祭で来てたんですよ(ジャクソン5として1973年に帝国劇場で公演)。当時11歳だったかな。ロビーの前で偶然会ったんですよ。なんかごちょごちょと言ってるから、聞いたら「ボクのいた所が分からない」って。だから楽屋に連れて行ってあげたんですよ。

 【演出家として】
 ▼「人のやったものは絶対にやらない」 他の人が手掛けたミュージカルや舞台を見て、似通うのはイヤ。自分の発想に人の発想が入るのはイヤなんです。人のやったものは絶対にやらない。自分が作った方が面白い。

 【アイドル論】
 ▼「小さい方が可愛いんですよ」 昔アイドルというのは、背が小さいほどよかったわけですよ。小さい方が可愛いんですよ。アメリカの(男性4人組)ザ・モンキーズなんかもそう。でも、それも時代とともに変わっていくもの。

 ▼「少ない方が好み」 (グループの人数は)少ない方が好み。多い世界があってもいいけど、一人一人の印象が小さくなるし、何より名前が覚えられないですよ。

 ▼「ボクはいろんなことができる人が好き」 (ジャニーズ創業当初は)日本は芸が一つあればいいというスタイルだった。歌でも三味線でもただ立って演じていればよかった。でも(ジャニーズの出発点の)ミュージカルは歌って踊れて演じられないといけない。だから、ボクはいろんなことができる人が好きだった。

 ▼「CDデビューが夢というのは小さいよ」 みんながそんなにCDを出すことにこだわっていたとは知らなかった。CDデビューが夢というのは小さいよ。デビュー以前にいろんなことを勉強するのが大事で、そうじゃないとつぶれちゃう。CDを一発出して終わったら哀れでしょう。CDを売ってからその人を売るのは逆にかわいそう。CDが売れない人は劇場が使ってくれなくなる。

 ▼「アイドルも遠慮なく結婚すべき」 遠慮なく適齢期になったら結婚すべき。奥さまが必要だし、子供も必要。人として当然のことで、なかったらかわいそうですよ。本人の責任のもとで結婚するわけだし「人気が落ちたりするのはプロダクションのせい」と思う人もいない。(年齢も)いくつでもいい。我々は応援するだけ。

 ▼「作るのはおまえたちという時代」 ああやれ、こうやれと言ったのは30年前。だんだん言えなくなった。(時代に合った)表現の仕方に変えていかなくちゃいけない。80歳のおじいちゃんにそれは無理。どこまでやれるかは本人たち次第。作るのはおまえたちという時代。

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2019年7月10日のニュース