三田佳子 令和への“しあわせの架け橋”渡り初め 平成は「紆余曲折もありました」

[ 2019年4月30日 21:00 ]

P説 岐阜県関市の“日本平成村”の初代村長・三田佳子が「元号しあわせの架け橋」渡り初め式で笑顔
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 平成最後の4月30日、地区の名前が平成(へいせい)と同じ字である岐阜県関市武儀町の平成(へなり)地区で「平成まつり」が開催され、同村初代村長である女優の三田佳子(77)が“しあわせの架け橋”の渡り初め式、トークショーに出席。式典の後、取材に応じた三田は、平成時代の30年間を振り返って「いい意味でも悪い意味でも、忘れられない30年だった」と振り返った。

 平成地区は平成3年(1991年)に“村おこしの一環”として日本平成村を立村(武儀町が日本平成村を宣言)。その初代村長に三田が就任した。平成5年11月に三田が記念林を植樹するなど同村を何度も訪れた。新しく造られた「元号しあわせの架け橋」は東側に「平成」の文字が書かれ、西側に「令和」と記されたひのき造りの橋。「平成」側から「令和」側へ渡った三田は「ミレニアムの瞬間にこの地に来て、この橋を渡って、これから先に幸運がくるのではと思いたい」と語った。

 昭和の時代を「いろいろモノを覚えて女優として渡ってきた」と成長期だったと捕らえ、平成の時代は「ある程度、大人になって女優としていろんなことをやれた」と“女優”としては常に成長し、一線で活躍してきたという自負も。一方で、プライベートでは波瀾万丈で「実人生の上では20年前に大病し、1年前にも命に関わるような大病をした」と、96年の「子宮体がん」、18年の「頸椎硬膜外膿瘍」の手術を受けたことをあげた。96年の最初の大病の際に“日本平成村”の“村民”から「4970(よくなれ)」と祈りが込められた4970羽の折り鶴をプレゼントされ「皆さんのおかげで、令和も生きるキッカケとなった」と感謝の気持ちを表した。さらに「自分の人生の大きなうねりも感じてきた時代。いい意味でも悪い意味でも、平成は忘れられない30年だった」。元俳優で次男の高橋祐也(39)が98年、2000年、07年、18年と4度、覚せい剤取締法違反で逮捕され、母親として批判を浴びたことも回想していた。

 新元号・令和には「もう1つの時代を生きていくことができて感慨深い」という思いとともに「令にはうるわしいという意味があると聞きました。後半の人生、うるわしく、挑戦の心を忘れずに楽しみたい」と女優としてのチャレンジを続けていく決意を新たにしていた。

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