北村総一朗がケーシーさん悼む 公私で親交「兄というよりオヤジ」「いつも優しさ、温かみあった」

[ 2019年4月11日 05:30 ]

8日に肺気腫で亡くなったケーシー高峰さん
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 お色気医事漫談で知られるケーシー高峰(たかみね、本名門脇貞夫=かどわき・さだお)さんが8日に肺気腫のため85歳で亡くなっていたというスポニチ本紙報道を受け、公私ともに親交の深かった俳優北村総一朗(83)が10日、ケーシーさんとの思い出を語った。

 1981年のNHKドラマ「夢千代日記」をきっかけに、ケーシーさんと数々のドラマで共演した北村は「僕より2つ年上ですが、兄というよりオヤジという感覚。それくらい、人間として器が広い方だった」と悼んだ。

 91年のTBS「火の玉婦長さん物語」でのこと。「ディレクターが大変厳しい人で、何かやるたび“違う”と繰り返されて、困り果てた。すると“総ちゃん、一回一回違うことやって凄いね”って、スッとフォローしてくれる。すると不思議と場が収まった」と振り返った。「いつも優しさ、温かみがあった」と話した。

 私生活でも相談を持ちかけた。長年患っていたというC型肝炎を発症したころ、医事漫談にちなみ「お医者さんだろ?」とケーシーさんに悩みを打ち明けると「俺は医者じゃないんだよ!けど待ってろ、調べとくから」と回答。医師だった母らに意見を求めながら、丁寧な手紙をしたためてくれたという。

 「遊びに行った時に頂いた」という懐中時計は宝物。「ドラマで何度も使わせていただいた。それが形見になってしまいました」と寂しげに話した。

 「福島県に移住されてからは、ほとんどお会いできなかった」というが、手紙や電話での交流は続いていた。「毎年来ていた年賀状が、今年は来ていなかった。それが、今にして思えば…ということですね」と悔しがった。

 最後に会ったのは15年3月、フジテレビの「ごきげんよう」での共演。「僕をわざわざご指名してくださったことが思い出」と懐かしむ。闘病は聞かされていなかったといい「訃報に接して、そのことを一瞬恨んだが、よく考えると他人に心配かけまいとする優しさ。そう思うと涙が出てきます」と話した。

 「殺気立った芸能界の中で僕が本当に尊敬でき、温かいと思った人は2、3人しかいない。その一人がケーシーさん」。北村もフジ「踊る大捜査線」シリーズの警察署長など、温かい人情ある演技で親しまれているが「僕はケーシーさんという人物の中にいい鏡を見つけて、自分を見失わないように映していただけです」と深い感謝を語った。

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