あの時の!

[ 2019年3月24日 09:00 ]

会見で話すマリナーズ・サービス監督(撮影・西海健太郎)
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 【我満晴朗 こう見えても新人類】MLB日本開幕戦でマリナーズの指揮を執ったスコット・サービス監督についての一考察。

 イチローの起用法や菊池雄星の開幕2戦目での先発指令など、日本ファン向けに「サービス」満点だな、なんてベッタベタなおっさんギャグを考えていたら、テレビで見たユニホーム背面のつづりはSERVAISだ。じゃあ発音は「サーバイス」ではないかと球団ウェブサイトを開いてみると、「pronounced ’service’」。なるほど、日本語表記は正解だったんだ。

 なんとなくフランス語っぽいスペルでもある。仏和辞書によるとservir(サービスする)の一、二人称直説法半過去形なのだとか。発音通り、サービス精神に満ちあふれる監督さんであることは間違いない。

 とりあえず納得しながら先のウェブサイトをだらだら眺めていたら、脳髄に蹴りが入ったかのような衝撃を受けた。なんと同監督、1988年夏季五輪ソウル大会(韓国)の金メダルメンバーだったという。

 同大会は筆者にとって初の五輪取材だっただけに思い入れは深い。競泳男子100メートル背泳ぎで優勝した鈴木大地(現スポーツ庁長官)の活躍やら、陸上男子100メートルで金メダルを剥奪されたベン・ジョンソン(カナダ)のドーピングやら、とにかく連日多忙な日々を送っていた。野球に関しては他競技取材と重なって蚕室(チャムシル)球場を訪れることはなかったが、野茂茂雄や古田敦也を擁して決勝に進出した日本代表を打ち破った米国代表で記憶にあるのは、隻腕サウスポーのジム・アボットにほぼ限られていた。

 ちなみにサービス監督の現役時代は捕手。ということは、決勝でアボットの女房役を務めていたのかも?

 早速社内のデータベースに当たって決勝翌日(9月29日)の本紙を引き出してみると、捕手はロビンズとあった。あら、若きサービス選手、控えだったのね。その名前を覚えていなかったのも仕方ないところか。全くもって申し訳ない。

 当時の選手村は記者たちが宿泊するマンション群に隣接していた。だから出入り口も近かった。後にMLB監督となり、日本開幕戦で心憎い演出を見せる20歳の若手捕手と、もしかしてどこかですれ違っていたかもしれない。

 都合のいいことを夢想しながら例の引退会見をネット中継で見守った。45歳の彼の受け答えも、実にサービス満点だったなあ。(専門委員)

 

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