「嵐」 グループ名に込めた“一番になれ”ジャニー氏の願い現実となったが…

[ 2019年1月28日 08:30 ]

「嵐」2020年いっぱいで無期限活動休止発表

アイドルグループ「嵐」
Photo By スポニチ

 【記者の目】嵐のデビューは想定外のことばかりだった。突然の、しかも海外での発表。記者会見が始まるまでは誰が登場するかも分からない。スケールから考えて担当記者たちは、人気絶頂だった滝沢秀明氏に関する重大発表だろうとの見方で一致していた。タッキーがハワイに来ない、と判明したのは太平洋上空の機内だった。

 集合場所は桟橋。大型客船に乗り込み、沖を航行中に別の高速クルーザーが接近してくる。そして5人が跳び乗ってきた。映画「007」シリーズのような光景。顔触れを見て3人までは分かっても、残り2人についてはよく知らなかった。この時のメンバーたちも同じだったという。仲の良さで好感度を上げた嵐にも、結成当初はそれなりの距離感を感じさせた。

 99年9月は滝沢氏を中心とするジャニーズJr.の絶頂期。有望な4人組を「MAIN」と呼んだ。松本、相葉、生田斗真、二宮の頭文字。このうちの3人で少年隊以来のトリオをデビューさせるとの噂も流れた。

 年齢が近く頻繁に共演し、テレビ慣れしていた3人に対して、この頃の大野は舞台が主戦場。年の離れた少年隊らのミュージカルに出演し、踊りや舞を地道に磨いた。嵐に入れば歌唱やダンス面でステージを底上げする。リーダーとして以上に、叩き上げの「ボトム(土台)」としての役割が印象的だった。

 さらに意外だったのが櫻井。Jr.時代は目立たなかった。後に現役慶応生だと公表すると、学問と芸能活動を両立する後輩が増えた。

 グループ名についてジャニー喜多川社長は「一番」を強調した。日本語だと「あ」から、英語でも「A」から始まるため、語順で真っ先に呼ばれるからだ。ハワイ沖の太平洋で発生した「嵐」が日本に上陸して旋風を巻き起こす。込めた願いは現実となり、国民的アイドルに成長した。

 滝沢氏の引退に続く嵐の休止。時代の変わり目なのか。いつかまた、風は吹き始めると信じたい。(静岡支局長、元ジャニーズ担当・山崎 智彦)

続きを表示

「美脚」特集記事

「連続テレビ小説「スカーレット」」特集記事

2019年1月28日のニュース