夢舞台を引き寄せた「純烈」 解散考えた過去も 紅白では「お風呂っぽいことを」

[ 2018年12月15日 11:15 ]

「第69回NHK紅白歌合戦」出場歌手発表会で初出場の喜びを表現する「純烈」
Photo By スポニチ

 大みそかの紅白歌合戦で初出場するムード歌謡グループ「純烈」。全国の健康センターやスーパー銭湯を中心にライブを行う「スーパー銭湯アイドル」として、年間最大200ものステージに立つ地道な活動が夢の舞台を引き寄せた。

 5人のうち4人がスーパー戦隊、仮面ライダー出身。グループを結成した2007年、リーダーの酒井一圭(かずよし、43)を含め、メンバーは当時、細々と俳優業をやっていたという。

 活動のきっかけも紆余曲折を経てここまでたどり着いたグループを象徴するような出来事だった。酒井が自主映画の撮影で足を複雑骨折して入院していた時のこと。毎晩「内山田洋とクール・ファイブ」の前川清(70)が直立不動で歌う姿が夢に登場していたことから「これは“ムード歌謡をやれ”ということじゃないか」とメンバーを集めるために始動。口説き文句は「一緒に紅白に行こう」だった。骨折と不思議な夢からスタートして、目標だった紅白歌合戦の出場がかなったのが劇的だ。

 売れずに地道な活動を続けた時期は長かった。2011年、純烈が2枚目のシングル「キサス・キサス東京」を出したころ、記者はドラマ関係者が集まる席で酒井と会い、その時に「戦隊仲間で歌っているんです」とCDを手渡されていた。戦隊とムード歌謡という異色の組み合わせと、グループをアピールするひたむきさがずっと印象に残っていた。

 紅白出場が決まった今、酒井に当時を振り返ってもらおうと取材した。インタビュー依頼がたくさん入り、スケジュールはビッシリ。記者が持っていた「キサス・キサス東京」のCDを手になつかしそうに手にして「まったく売れずに在庫がたくさんあって配りまくっていたころです。あの経験があったから今がある。これは思い出の曲です」としみじみ。「キサス…」の不振が原因で所属していたレコード会社をクビになっていた。その後、メンバーはアルバイトをしながら歌い、解散も考えていたという。

 それが偶然、キャバレーで歌っていたのを聴いたテリー伊藤(68)のように認めてくれる人が現われて、スーパー銭湯での活動が広がり、マダムのアイドルとなった。

 酒井は「ここまで大変だと思ったことはないです」と振り返るが、プロレスラーとしてリングに上がったり、東京・歌舞伎町のトークライブハウス「ロフトプラスワン」で働き、イベントのプロデュースも手掛けた。現在4人の子供のパパで、中学2年生の長男が産まれた時には1年間育児休暇を取ったこともある。さまざまな経験を経て上がるのが紅白の舞台だ。

 「本当に夢みたいです。本番では何ができるのか分からない状態ですが、僕たちらしくお風呂っぽいことをしてみたい」。いろいろな思いをぶつけるステージがどんなものになるのか注目したい。(鈴木 美香)

続きを表示

2018年12月15日のニュース