是枝裕和監督「万引き家族」への覚悟 核は違和感 安藤サクラ「神々しい」松岡茉優「現場で反射」

[ 2018年6月8日 07:00 ]

是枝裕和監督が「作っている感情の核にあるものが喜怒哀楽の何かと言われると、今回は“怒”だったんだと思います」と語る最新作「万引き家族」(C)2018「万引き家族」製作委員会
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 今年5月に開かれた世界最高峰の映画祭「第71回カンヌ国際映画祭」で、日本作品として21年ぶりに最高賞「パルムドール」に輝く快挙を成し遂げた是枝裕和監督(55)の長編13作目となる最新作「万引き家族」は8日、全国327館で公開される。是枝監督が渾身作の舞台裏を明かした。

 家族の在り方を問い続けてきた是枝監督が、今度は東京の下町を舞台に万引で生活費を稼ぐ一家を描く。城桧吏(かいり=11)演じる息子・祥太と協力して万引を重ねる父・治にリリー・フランキー(54)、その妻・信代に安藤サクラ(32)、信代の妹・亜紀に松岡茉優(23)、家族の“定収入”として年金をアテにされる祖母・初枝に樹木希林(75)と実力派をキャスティング。冬のある日、父子が凍えているところを見つけ、家に連れて帰る少女・ゆりを佐々木みゆ(6)が演じる。犯罪でしかつながれなかった家族の秘密が明らかになる時、家族をも超える真の絆に心揺さぶられる。

 ――監督は「10年くらい自分なりに考えてきたことを全部、この作品に込めようと、そんな覚悟で臨みました」と今作への思いを語っていました。10年間、考えてきたこととは具体的には何ですか?

 「10年前というと、2008年に『歩いても 歩いても』(※1)が公開されましたが、これは自分の母親が亡くなって、すぐに作った映画です。『自分がもう誰の子でもない』という、ある種の焦燥感がありました。その後、自分に子供ができて『こうやって命はつながっていくんだ』というような実感から『そして父になる』(13年)(※2)という映画が生まれました。『妻は子供を産んだら、すぐに母親になりましたが、自分はいつ父親になるんだろう』という、ある種の戸惑いみたいなものから、あの映画はできていて。撮り終わった時、1つ湧いてきた感慨は『母親に比べると、父親は遅れてなっていくもの』という感覚でした。そこから、今回は『女性はみんな、子供を産んだら母性が生まれるのか』『子供を産まないと、母親になれないのか』という考えに進んで『子供を産まなくても、母親になろうとする人』を描いてみようと思いました。こういう積み重ねがあって『万引き家族』ができているという意味で『10年考えたことを全部込める覚悟』という言葉につながったんだと思います」

 ――また「作っている感情の核にあるものが喜怒哀楽の何かと言われると、今回は“怒”だったんだと思います」とも語っていました。何に対しての怒りですか?

 「分かりやすいから、そう言ったのかもしれませんが、一番近い言葉は『違和感』じゃないですかね。2年ぐらい前、親が亡くなったことを隠して死亡届を出さず、その家族が年金を不正に受給していた事件が大きく取り上げられました。もちろん悪いことだと思いますが、社会的な弱者に対するバッシングがあまりに強くなって、森友(学園問題)や加計(学園問題)にはなかなか矛先が向かないみたいな…非難や批判の矛先が下へ下へ向く感じというんですかね。そういうことに対する違和感。もちろん不正なんですが、年金だけで、かろうじて生活を成り立たせていた人を、そこまで叩くことなのかと。だから、その向こう側、そういう家族の中に入って見てみようと思ったんです。ただ、ドキュメンタリーだと家の中にカメラを入れられません。それは『誰も知らない』(04年)(※3)の時も同じでしたが、母親に置き去りにされた子供たちをドキュメンタリーで撮るのは、倫理観から許されない。だから、あの子供たちの暮らしは、時計を巻き戻して事後的に、フィクションで撮るしかないじゃないですか。今回も、そういう寄り添い方をしてみたいと思って作りました」

 ――安藤さんは是枝作品初参加。監督は「たまたま街で出会ったんです。出会わなければ、キャスティングしていなかったかもしれない(笑)」と冗談めかしていましたが、安藤さんの魅力を教えてください。

 「とにかく素晴らしかったので、撮影現場で僕はほとんど手を合わせて見ていただけです。時々、神々しいんですよね。一家で海に出掛けるシーンで、希林さんが『よく見ると、きれいだね』と。僕が脚本に書いたセリフじゃないので、希林さんが自分でそう思ったから言ったということなんですが、安藤さんには確かにそういう瞬間があると感じていたので、希林さんの一言を聞いた後、そういうふうに見える瞬間を何カ所か脚本に書き加えました。研ぎ澄まされていたり、何かがあふれ出ていたり、そういう時に神々しくなるんですよね。演技とか演出とかを超えた何かが出ちゃっているんじゃないですか。それが凄かったです」

 ――松岡さんも是枝作品初参加。当初の「取り柄のない太った女の子」という設定が、松岡さんのキャスティングにより変更になりました。松岡さんの起用理由は何ですか?

 「あの世代の中で、抜群にうまい役者だと思っていました。出演作を見てキャスティングすることは、めったにないんですが、松岡さんで特に印象に残っているのはドラマ『問題のあるレストラン』(※4)映画『ちはやふる』(※5)。発散するんじゃない方向の、非常に抑えた演技なんですが、その子が抱えているいろいろな感情が見事に見えてくる芝居の設計が凄くいいな、と。以前からクレバーな人だと感じていましたが、今回、やっぱり撮りたいと思ったので、全部、松岡さんに合わせて脚本を書き直しました。彼女は撮影現場に来てから、相手の役者に反応する形で自分の芝居を決めていくので、相手の言い方がちょっと変わると、芝居が変わっていくんですよ、毎回、全テイク。何か決めて現場に来ているわけじゃなく、その場その場で反射していくんですね。それが本当に見事でした。例えば、新たに家族に加わる少女から笑顔を引き出すシーンで、僕がセリフを書いたのは前半だけ。後半は『少女を笑わせたい』とだけ伝えると、松岡さんは『はい、分かりました』と。少女役の佐々木みゆちゃんと休憩時間もずっと仲良くしていたこともあるんでしょうが、松岡さんがみゆちゃんのいい表情を引き出してくれて、随分助かりました」

 ――劇中、オランダ出身の米絵本作家レオ・レオニの代表作の1つ、小さな黒い魚スイミーが主人公の「スイミー」(1969年)(※6)が引用されます。

 「今回、児童養護施設の取材に行った時、たまたま小学3年生か4年生の女の子が学校から帰ってきて、突然、教科書を開いて僕らの前で『スイミー』を読み始めたんです。周りが止めようとする中、最初から最後まで読み通して。僕らもじっと聞いていて、彼女が読み終えた時に拍手をしたら、すごくいい顔で笑ったんです。親から虐待を受けて今は親とは離されて暮らしているけど、きっと本当は、本を読むところを親に聞かせたいんじゃないかと思いました。それで、どこかで、家の押入れで『スイミー』を読んでいるシーンを入れようとしたら、ロケ場所になった古い民家の青いトタンが海に見えることにつながって。海の底に小さな魚が集まって、大きな魚をやっつけようとは…この家族はしていないですが、そんな小さな魚が集まっているようなイメージで、海の底から水面を見上げてる人たちの話にしようと考えました。インスピレーションを与えてくれた、その女の子のおかげです。僕も子供時代、自分の部屋がなかったので、押入れの中に懐中電灯を持ち込んで、宝物を並べて、教科書を読むこともありました。押入れから家族を見ている距離感は、自分を重ねた部分もありますね」

 【※1】阿部寛(53)主演のホームドラマ。15年前に亡くなった長男の命日に、久々に実家に集まった弟(阿部)や姉(YOU)、両親(原田芳雄、樹木希林)ら家族の1日を描く。

 【※2】福山雅治(49)主演のヒューマンドラマ。子供を取り違えられた2組の家族を描く。カンヌ映画祭審査員賞に輝いた。

 【※3】母親(YOU)に捨てられた4人の幼い兄妹が人知れず自力で生きる姿を描く。当時14歳の柳楽優弥(28)がカンヌ映画祭史上最年少の男優賞に輝いた。

 【※4】「東京ラブストーリー」「Mother」「カルテット」などの坂元裕二氏(51)が脚本を手掛けたフジテレビの連続ドラマ(15年1月クール)。松岡はシェフ・雨木千佳役を演じた。

 【※5】競技かるたが題材の同名少女漫画を映画化。「―上の句―」(16年3月公開)「―下の句―」(16年4月公開)「―結び―」(今年3月公開)と3作製作され、松岡はクイーン・若宮詩暢役を演じた。

 【※6】詩人・谷川俊太郎氏(86)翻訳による日本語版は副題「スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし」(好学社)。小さな黒い魚スイミーは兄弟みんなが大きな魚に飲まれ、独りぼっちに。海を旅して出会った仲間と大きな魚に立ち向かう。

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