「戦後音楽界で最も成功した男」だった小室…宇多田出現で敗北感

[ 2018年1月20日 09:30 ]

小室哲哉引退発表

会見の冒頭、大勢の報道陣を前に頭を下げ着席する小室哲哉
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 全盛期の小室は「戦後の日本音楽界で最も成功した男」だった。1995年の後半に安室奈美恵(40)、華原朋美(43)、globeを手掛け、急速に勢力を拡大。歌手ではない「ダウンタウン」浜田雅功(54)とのコラボ曲までセールス200万枚を超えた。

 96年4月にはオリコン週間チャート上位5位を独占。95〜98年にかけて「日本レコード大賞」を制覇するなど、音楽関係者は「TKプロデュースにあらざれば歌手にあらず、という雰囲気でした」と話す。

 96、97年分「高額納税者番付」では、名だたる資産家や経営者の中、2年連続で全国4位。納税額は96年が約10億円。97年には、対象期間に小室ファミリーが発表したシングル、アルバム二十数作のCD売り上げが4000万枚を超え、納税額は約11億7000万円に上った。

 TKブームは99年には落ち着きを見せるがマーケットの拡大を受け日本の音楽界は「CDが最も売れた時代」とされる2000年代前半に突入していく。

 当時、非主流だったダンスミュージックとポップスを融合した功績も大。機械音による単調なリズムの反復は旧来の流行歌と「水と油」との先入観が業界でも支配的だった中、卓越した才能で成し遂げた。これが若者のクラブ文化と相まって、機械的な音が一気にヒットチャートを席巻する契機になった。以降、ラップやDJスタイルなど多彩な要素が受け入れられるようになる。

 その流れの中、小室に敗北感をもたらしたのが宇多田ヒカル(35)だった。98年のデビュー曲「Automatic」などのR&Bに小室は「これからはブラックミュージックを原風景に育ったネーティブが引っ張っていく」と語った。関係者は「自ら開拓したJ―POPの多様さが皮肉にも、才能の枯渇を感じ始めた契機となったのかもしれない」と話している。

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