「ひよっこ」朝ドラ史に新しい風 地味ヒロインの成功 「おしん」と似て非なる点

[ 2017年10月1日 08:00 ]

NHK連続テレビ小説「ひよっこ」のヒロインを務めた有村架純。有村が演じた谷田部みね子は地味なヒロインながら、朝ドラの伝統に“小さな革命”を起こした
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 脚本家の岡田惠和氏(58)が心温まる世界を紡ぎ出し、半年間にわたって日本の朝を彩ったNHK連続テレビ小説「ひよっこ」(月〜土曜前8・00)は9月30日に最終回(第156話)。インターネット上には放送終了を惜しむ“ひよっこロス”が広がった。近年多かった朝ドラ王道パターンの「ある職業を目指すヒロイン」「偉業を成し遂げる女性の一代記」とは異なり、実在の人物をモデルにしないオリジナル作品。派手さはなくとも、視聴者の心をつかんで離さなかった理由は何なのか。「みんなの朝ドラ」(講談社現代新書)などの著書で知られるドラマ評論家の木俣冬氏が総括、分析した。

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 朝ドラ96作『ひよっこ』は、女の大河ドラマ化が進んでいた朝ドラの伝統に、小さな革命を起こした。

 大河でなくていい、地味でもいい、そこに幸せはある。ということを描いて、多くの支持を獲得したのだ。

 「この世は悲しいことだらけ」

 これは、『ひよっこ』最終回にて、主人公みね子(有村架純)が『家族みんなで歌自慢』に出場して歌った「涙くんさよなら」の一節だ。恋をしたから、しばらく涙とお別れ宣言するという歌を歌いながら、涙するみね子は、ほどなく、2番目の恋の相手・ヒデ(磯村勇斗)と結婚する。

 1964年から68年にかけて、ドラマで描かれた4年間に、「悲しいことばかり」があったかというと「ばかり」かどうかは別として、確かに「悲しいこと」はあった。

 高度成長期に取り残された地方(架空の地・奥茨城村)の農村の家計が楽ではないこと。出稼ぎに東京に行ったお父ちゃん(沢村一樹)が行方不明になってしまい、2年半後にみつかったときには記憶喪失で、美人女優(菅野美穂)の家に居候していたこと。初恋の相手(竹内涼真)とは身分違いで別れざるを得なかったこと。家に仕送りをしているため、なかなか欲しいものが買えないこと。

 ……と、こんなふうに、家のために働くこと優先で、自分の目標や夢をもつ余裕がなく、彼女をモデルに漫画を描いている漫画家たち(岡山天音、浅香航大)には、人生が「地味」だとダメ出しされてしまう。

 だが、『ひよっこ』では、「泣くのはいやだ 笑っちゃおう」だとか「悲しいことを、人の力によって打ち消す。マイナスをプラスにする」だとかいう言葉が折につけ出てきて、「悲しいこと」を転化するトライが行われてきた。みね子は常に、悲しみをちょっとだけずらして回避してきたのである。

 そこで比較したいのは、朝ドラ絶対王者であり、波乱万丈、女の一代記のロールモデル『おしん』(84年)との、パラレルワールドのように、少し似ていて、大きく違う点である。

 『おしん』のヒロインは東北の出。奥茨城村からさらに雪深い山形で貧しい暮しをしていたおしんは、奉公に出た町でつらい目に遭う。祖母に持たされたお金を、盗んだお金と間違えられ、責めを受けるエピソードは目を背けたくなる。『ひよっこ』の序盤、みね子も、東京に行く際、祖父(古谷一行)から1万円をもらう。それが倉本聰の『北の国から‘87 初恋』のオマージュではないかと感じた視聴者もいたが、朝ドラ好きとしては『おしん』を思い出し、「悲しい目」に遭うフラグでないようにと祈ったものだ。そのお金が、最終回の1話前で、『歌自慢』のために家族が上京する資金となったときには、ほんとうに胸が踊った。

 また、みね子の初恋の人は佐賀の御曹司で、おしんの夫も同じ。おしんは身分違いを押して嫁ぎ、姑からひどい目に遭う。みね子の場合、熟考の末、自ら身を引いた。もし彼女ががんばって嫁いだら、ひどい目に遭っていたかもしれない。彼女は初恋を諦めた分、ヒデという気の合う伴侶と結ばれることができたのだ。

 成功するが波乱万丈なおしんと、地味だが安定した幸せを得ているみね子。どっちがいいだろう。波乱万丈も悪くないが、地味で安定も悪くない。

 昨今の朝ドラが、波乱万丈で大きな事業を成し遂げる主人公の物語のほうが主流となっているのは、そのほうがドラマチックだから無理もない。だが、一方で、みね子的な地味路線も模索していたのだ。例えば『ちりとてちん』(07年)では、ヒロイン(貫地谷しほり)は、専業主婦のお母さん(『ひよっこ』の、一家にひとり欲しいと言われる愛子さんを演じた和久井映見)の生き方を一度は否定するものの、最後の最後に、その道を認め、自らそちらを選ぶ。『つばさ』(09年、次の『わろてんか』と同じ後藤高久が制作統括をつとめた)の序盤、ヒロイン(多部未華子)が、家を出てしまった母(高畑淳子)の代わりに家庭をきりもりし、主婦とは毎日同じことをすることだと悟っている。『まれ』(15年)のヒロイン(土屋太鳳)も、序盤、夢見がちな父を反面教師とし、夢など見ずに公務員になろうとする。だが、これらのトライはあまり受け入れられなかったのか、視聴率的には低いまま終わった。

 『ひよっこ』のヒロインは、家族優先で、自分のことは後回しにして、その分、わずかなお給料で毎月、洋食屋のメニューを一品ずつ制覇していくというささやかな目標をもって日々暮らしていて、その慎ましさは受け入れがたいと感じる視聴者の声もあった。だが、彼女は、家の事情もあって、ふつうよりもやや地味な暮らしをしているだけの自分を、決して悲しい人間だと思わない。ささやかなプライドだけは失わなかったヒロインの堅実さは、やがて、安定した呼吸のように心地よいリズムとなって、毎朝、なくてはならないものになった。最初は、超えられなかった視聴率20%の壁を、中盤から超えて以降は、安定の20%台となり、最終週では、自己最高を更新し続けた。毎朝の定期的なランニングは、最初は辛いけれど、毎日、やっていると慣れてきて、やらないほうが気持ち悪くなるようなものだろうか。

 決して、卑屈にならず、嫉まず、自分も他人も肯定しながら生きてきたことで、朝ドラの伝統に少し風が吹いた。地味なヒロインの成功。おめでとう。そして、ありがとう。

 ◆木俣 冬(きまた・ふゆ)東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンターテインメント作品のルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。「マルモのおきて」「デート〜恋とはどんなものかしら〜」「IQ246〜華麗なる事件簿〜」などドラマのノベライズも手掛けている。主な著書に「ケイゾク、SPEC、カイドク」「SPEC全記録集」「挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ」など。レビューサイト「エキレビ!」に朝ドラ評を執筆。「まれ」からは毎日レビューを連載している。

 ◆「ひよっこ」総集編 10月9日午後3時5分から放送。

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