鉢植えの花でさえ人の言葉が分かるのに

[ 2017年5月1日 10:15 ]

 【川田一美津の何を今さら】世の中、ずいぶんとキナ臭くなってきた。そんな時に「何をのんきなことを」とお叱りの声も聞こえて来そうだが、今回は自宅の出窓に咲くハイビスカスの話である。この鉢植え、実は昨年7月に田舎のホームセンターで購入。価格は確か490円なり。そのハイビスカスが今でも次から次へ赤い見事な大輪の花を咲かせている。特別な肥料を与えたわけでもない。葉がしおれそうになった時にコップ半分の水をやるだけだ。

 冬場はさすがに外は寒いだろうからと、日当たりの良い室内に入れておいた。ご存じの通り、ハイビスカスと言えば南国の植物。それがどうしてこんなに元気なのだろうか。あまり植木に興味がない家人も「ずいぶんと長持ちね。500円もしないのに十分に元がとれたわね」と現金な笑顔を見せていた。

 ものごころ付いた時から作家の遠藤周作氏が好きでよく読んでいた。映画化された彼の代表作「沈黙」が、年明けに公開されると勇んで映画館に駆けつけた。隠れキリシタンと外国人宣教師の苦悩。マーティン・スコセッシ監督が20年以上の歳月をかけただけあって、重厚なテーマを細部にわたりスクリーンに再現して見せた。何よりも原作に忠実に描いてくれたことが、遠藤ファンとしてはうれしかった。

 そんなこともあり、久々に自宅の本棚に並ぶ遠藤文学を読み返している。そのひとつに「変わるものと変わらぬもの」という一冊がある。遠藤氏がかつて新聞に連載したエッセーをまとめたものだが、最初に出てくるエピソードが彼の書斎で冬に花を咲かせた朝顔について。季節はずれの開花に「植物の神秘生活」というユニークな本を読んだこと。その内容は、いろいろな実験や検証の結果、植物は人の心や考え、言葉を理解出来るのではないかと書かれていたという。

 遠藤氏と言えば、西洋と東洋、日本人とキリスト教など崇高なテーマの他、狐狸庵シリーズなどユーモアたっぷりの随筆でも人気。戦争体験から誰よりも平和を願い、心優しく、友人知人に時々いたずらを仕掛けるちゃめっ気もあったと聞く。巷間に伝わる怪談や不思議な話にも興味津々のロマンチストとしても知られていた。こんな氏のことだから、もちろん、この本の中身をすべて信じていたわけではあるまいが、「本当に世の植物に人間の心が通じるなら、我々の世界はなんと心あたたまるすばらしいものに変わるだろう」と書いている。

 ところがである。現実は植物ならぬ同じ人間でさえも、弱者の痛み、心の傷が分からない人間が多すぎる。それが往々にして国民を代表する政治家であったりするから情けない。さらに、あの国の独裁者。いくら世界中から非難の声を浴びても平和の有り難さを全く理解出来ないらしい。大国の包囲網に切羽詰まってミサイルのボタンを押してしまうようなことがくれぐれもないように願うばかり。わずか10分で多くの尊い命が奪われては取り返しがつかない。 (専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週目土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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2017年5月1日のニュース