三谷幸喜氏「真田丸」初回“浅間山”で爆笑手応え 次回大河はペンネーム?

[ 2016年12月17日 08:00 ]

三谷幸喜氏インタビュー(下)

NHK大河ドラマ「真田丸」の脚本を手がける三谷幸喜氏
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 18日に最終回を迎えるNHK大河ドラマ「真田丸」(日曜後8・00)の脚本を務めたヒットメーカー・三谷幸喜氏(55)が、オンエア後“最初で最後”のインタビューに応じた。「新選組!」(2004年)以来2度目の大河脚本を担当した実質2年間の“航海”を回顧し“丸絵”に励まされたことを告白。今年1月の初回放送で「方向性はこれだ!」と手応えを感じたシーンがあったことを明かした。3度目登板への意欲も語り、その際は“新人作家としてペンネーム”で臨むという仰天プラン(?)も語った。

 −今作はSNS上の反響が非常に大きかったですが、反応は気にしていましたか?

 「落ち込みやすいので、なるべく否定的な意見は見ないようにしていました。良い意見もあれば、悪い意見もありますよね。僕は劇団(東京サンシャインボーイズ)の頃から芝居の後のアンケートを読むと、100枚のうち99枚に良いことが書いてあっても、1枚ひどいことが書いてあったら、それしか頭に残らないんです。でも(SNS上にアップされた『真田丸』の絵) “丸絵”はすごかったです。おそらく『早丸』(BSプレミアムで本放送より2時間早く午後6時からオンエア)をご覧になっていて、その後、本放送が終わったらすぐにクオリティーの高い絵が出ているんです。チョイスする場面も的確でしたし、毎回楽しみにしていました」

 −三谷さんの脚本らしく笑いの要素が多かった今作。特に成功したと感じた場面はどこでしたか?

 「気のせいかもしれないですが、第1回(1月10日放送)で浅間山が噴火した場面で、窓の外でドッと笑いが起きたような感じがしたんです。昔、自分が脚本を書いたドラマでも『今、日本中の人が笑っている』と思った瞬間があったんですよね。浅間山噴火のシーンを書いた時、第1回の放送でそのシーンを見た時、今回の『真田丸』の方向性はこれなんだと感じました。そこからブレずに最後まで行けました。すべては浅間山から始まったという感じです」

 <第1回「船出」浅間山噴火のシーン>相次ぐ家臣の裏切りで存亡の危機に瀕した武田勝頼(平岳大)。真田昌幸(草刈正雄)が「富士や浅間の山が火でも噴かぬ限り、武田のお家は安泰にございます」と言葉を掛け、勝頼は「そうだな、わしにはまだそなたたちがおった」と安堵する。しかし、直後に浅間山が噴火。有働由美子アナウンサーの「2月14日、48年ぶりに、浅間山が噴火した」というナレーションが響いた。

 −「真田丸」という作品は三谷さんの脚本家人生において、どのような存在になりましたか?

 「どうやって視聴者の皆さんを1年間引っ張っていくか、どうやって視聴者の皆さんのワクワクする気持ちを持続していくか、そのためにはどんなテクニックがあるのかということを勉強させていただいたような気がします。『真田丸』は他の大河ドラマに比べてユーモアの要素が多いですが、笑いだけではない部分で“物語る”ということのおもしろさを、今後突き詰めていく1つのきっかけになったと思います。でも、実を言うと『新選組!』を書き終えた12年前にも、僕は同じようなことを言っているんですよね。それほど成長してなかったのが悔やまれるんですが(笑い)。ただ『とにかく50本飽きさせない』『中だるみのない作品を作りたい』という思いがあって、いろいろなドラマ、映画、小説のエッセンスを取り入れて勉強させていただきました意識は強いです。なので、自分の中で何らかの蓄積があるような気がしています」

 −次に大河ドラマを書くとすれば、どのような題材を考えていますか?

 「僕は大河ドラマが本当に大好きで、大河を見て育った部分がすごくあります。まだまだ僕なりの大河への恩返しが足りていないような気がするので、機会があればやってみたいと思いますし、描きたい題材もあります。ただ、僕が脚本を書くことで、コントのような“お笑い大河”だと思って見ない方もいらっしゃいます。人間ドラマをきちんと描いている自信はありますし、俳優さんもスタッフさんも頑張って、こんなに良い作品を作っているのに、僕の名前があるから見ないとか、違うイメージを持たれてしまうという状況は本当に申し訳ないと思っています。なので、もし次回、大河ドラマをやる時があればペンネームで、違う名前でやらせていただきたいですね(笑い)。無名で全くキャリアのない新人作家がものすごくおもしろい大河を書いていたら、僕だと思ってください(笑い)」

 =終わり=

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