梨園の妻はやっぱり大変!三田寛子と藤原紀香の違い

[ 2016年10月8日 08:30 ]

三田寛子(左)と藤原紀香
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 【川田一美津の何を今さら】今、何かと注目の梨園の妻である。先日、東京・歌舞伎座で上演中の「八代目中村芝翫襲名披露興行」を観劇した時のことだ。劇場に入るやいなや、「成駒屋」(屋号)の受付で三田寛子にいきなり声を掛けられた。「このたびはお騒がせいたしまして誠に申し訳ありませんでした。みなさまに本当にご心配とご迷惑をおかけしてしまって…」。まさか顔を合わせるなり頭を下げられるとは思ってもみなかった。こちらも少々面くらい、襲名のお祝いも告げず客席についてしまった。

 大切な一大イベントを前に突然、週刊誌に報じられた夫、八代目芝翫の不倫騒動。陰で支える妻は、この日もご贔屓筋や顔見知りのマスコミ関係者1人1人に丁寧に謝っていた。釈明会見で歯切れが悪かった本人をよそに、彼女が誠心誠意の対応で難題を収めたと報じられていたが、その仕事ぶりを目の当たりにして納得せずにはいられなかった。

 この人には当初から歌舞伎役者の妻としての覚悟が出来ていたのだろう。ご存じの通り、嫁ぐ前は人気タレントとしてテレビなどで活躍、それが結婚を機に一切表舞台に出ることはなかった。義母に当たる先代芝翫夫人の教えのもと、役者である夫に尽くすことに徹した。そして、3人の息子を育て上げ、少しずつ自身の芸能活動を再開。現在は昼の情報番組などに出演するようになった。かつて尾上菊五郎と結婚した冨司純子も同様だった。以前、梨園の関係者から、こんなことを聞いたことがある。「夫は芸を継ぎ、妻が家を継ぐ。歌舞伎の伝統を守るとはそういうこと」。まさにその言葉通りの生き方だ。

 さて、新芝翫。夜の部は、人気の「熊谷陣屋」。最大の見せ場「首実検」は、平敦盛の身代わりに我が子の首を源義経へ差し出す場面。熊谷次郎直実の苦しい胸中が客席に伝わってきた。大名跡を襲名して、役者としてひと回り大きくなった印象を受けた。お世辞ではない。長男の橋之助、次男の福之助、三男の歌之助の将来も楽しみだ。まさに「雨降って地固まる」になるのではないか。

 一方、歌舞伎座から目と鼻の先、新橋演舞場で片岡愛之助の舞台「GOEMON」が上演されている。その初日、愛之助と結婚したばかりの藤原紀香が“梨園の妻デビュー”したという。報道によると、詰めかけたファンや観客の記念写真に応じたり握手をしたりと大騒ぎになったとか。その光景を目撃していたベテランの歌舞伎評論家がポツリともらしていた。「あんなことをしていたら絶対に彼女のためにならないよ。誰か教えてあげればいいのに」。老婆心ながら私もそう思うのだが。(専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週目土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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