「こち亀」作者・秋本治氏にとって大切だった2つのこと

[ 2016年9月6日 08:45 ]

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」作者の秋本治氏

 「こち亀」こと週刊少年ジャンプの長寿漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の連載終了には驚いた。

 発表は3日、作品世界を題材にした「こち亀絵巻」を東京都千代田区の神田明神に奉納した後の会見だった。

 原作者の秋本治氏は最後に話すと決めていたという。何も知らない記者は「300巻への意欲」「最終回の構想」などを聞いてしまった。

 長期連載漫画の最終回にまつわる逸話としては、連載48周年の「ゴルゴ13」が有名。原作者のさいとう・たかを氏が、コマ割りもラストシーンも決めているという話を引き合いに質問した。

 秋本氏は「さいとう先生のは常とう句というか…僕もそういう風に言えたらいいんだけど。こち亀はギャグ漫画。最後のギャグなんて考えられない」とその場では答えた。ICレコーダーを聞き直すと「その辺りはまた後で」と小さな声で話していた。

 いったん質問が打ち切られ、直後に連載終了が発表された。

 今にして思えば、そこに秋本氏の漫画家だからこその、2つの強い思いがあった。

 まず1つめ。読者に対してだ。秋本氏はどうしても、自身の口から連載終了を語りたかった。読者が不意打ちのように、終了を知らされる事態だけは避けたかった。近年はツイッターなどSNSの普及もあり、書籍でニュースを発表するのが難しい雑誌は流通の都合上、発売日の数日前に小売店に届くからだ。発売前の誌面を見た人からSNSで拡散してしまうケースが「NARUTO」の最終回でもあった。

 40年愛してくれた読者に、自身の思いをきちんと伝えたかったのだ。

 だが、それだけなら会見冒頭に発表すればいい。もう1つの理由。絵巻の奉納が、連載終了以上に大切だったのだ。

 絵巻は一年がかりの大仕事だった。素材の和紙には、漫画で慣れた画材も、培った技法も使えない。試行錯誤の末にガラスペンで描いた。全長8メートルの和紙に描かれた17枚の絵は、戦後から現代の東京を描いたもの。両津らこち亀キャラが山車を引きながら神田明神にやってくる。子供の遊び、流行や歴史的出来事も描かれた。

 秋本氏は絵巻の奉納を「漫画界にとって嬉しいこと」と喜んだ。「こち亀の連載終了より、奉納の方が大事なんです」とも言った。

 こち亀が描かれた40年で、漫画の評価は大きく変わった。かつては子供向けの一段低い文化とみる人も多かった。それが絵巻となり、“江戸の総鎮守”神田明神に「その時代の生活、風俗を知る貴重な資料になる」と感謝され、奉納されたのだ。神田明神には江戸時代末期に寄進された絵巻があるというが、それ以降の本格的な絵巻はないという。

 秋本氏は絵巻の奉納会見をきちんと済ませた後でなければ、こち亀の完結を語れなかったのだ。

 連載終了を明らかにしたあと、記者らの質問に触れ「いつ終わるのか、どう終わるのかと皆さんが気にしてくれている中で、心苦しい思いもあった」と漏らした。恐らく記者らの驚きや落胆といったファン心理も気遣ってくれたのだと思う。涙こそ流さなかったが、声が震えているように聞こえた。

 連載終了に向けて極秘に動いてきた集英社スタッフの一人は「会見での秋本氏を見て、泣きそうになった」と話した。悩み続けてきた秋本氏を見てきたのだだろう。

 27年前には、今や伝説となった“偽最終回”に騙された。両津が見開きで読者に別れを告げた次のページで、舞台も登場人物も同じ「新こち亀」が始まった。あの時も頭が真っ白になった。翌週には新こち亀すらなかったこととなり、いつものこち亀が載っていた。今回は本当だと思うが、何らかのサプライズがあるかもしれないと楽しみにしている。(記者コラム)

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