斉藤由貴“鬼母”役で新境地「母と惑星…」一時休館パルコ劇場に恩返し

[ 2016年7月4日 08:00 ]

舞台「母と惑星について、および自転する女たちの記録」で“鬼母”を演じ、新境地に挑む斉藤由貴

斉藤由貴インタビュー(上)

 女優の斉藤由貴(49)が“鬼母”役に挑み、柔和なイメージを一新する。ビル建て替えのため8月7日をもって一時休館に入る日本演劇界の中心の1つ、パルコ劇場(東京都渋谷区)の“最後”の新作舞台「母と惑星について、および自転する女たちの記録」(7月7~31日)に出演。「本当にやりがいがあります」と新境地開拓に意欲を示した。1995年の名作「君となら」がコメディエンヌの地位を確立する一助になるなど、自身を育ててくれたパルコ劇場に恩返しする。

 突然の母の死から1カ月。徹底的に放任され、父親を知らずに育った辻3姉妹は、母の遺骨を持ち、あてのない異国への旅に出る。「私には重石が3つ必要なの」。毎日のように聞かされた母の口癖が頭を巡る。次第によみがえる、3姉妹それぞれが持つ母の記憶。あの奔放な母は自分たちに何を残したのか――。そして自分たちはこれから、どこに向かえばいいのか――。現在の異国と記憶の長崎を舞台に母娘4人の愛憎を描く。

 三女・シオ役に志田未来(23)次女・優役に鈴木杏(29)長女・美咲役に田畑智子(35)。斉藤が演じるのは3姉妹の母・辻峰子。男を取っ替え引っ替えしては家を空け、酒・タバコ・博打が好きだった。3姉妹は幼い頃から、およそ母親らしい愛情を注がれた覚えがない。例えば、ある日の食卓。峰子は突如、箸を放り出し、高校生の長女が作った料理を「まずか」と言って捨てる。台本から浮かび上がるのは“鬼母”“毒母”のイメージ。斉藤も「こんなふうな役柄を頂いたのは初めてなので、本当にやりがいがあります」と張り切る。

 「たいてい、こういうひどいお母さんというのは、最終的に『実は、いいお母さんだった』とまとまりがちじゃないですか。そういうのは、ちょっとカッコ悪いと思っていて。ダメな部分や酷薄、情の薄い感じもきちんと残したいなと思っています」と演技プラン。「やりがいがあるということはイコール、高い山。なかなか簡単には征服させてくれません。これをうまく自分のものにできたら、また自分自身に対して何か新しい発見ができるなぁという感じは薄ぼんやりとはあるんです」と新境地開拓に挑む。

 今作は、劇団「モダンスイマーズ」の作・演出や舞台版「世界の中心で、愛をさけぶ」「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」などで知られる脚本家・蓬莱竜太氏(40)と、井上ひさし氏の戯曲を上演する劇団「こまつ座」の数々の作品やストレートプレイからミュージカルまで幅広く活躍する演出家・栗山民也氏(63)が立ち上げた。2人は、蓬莱氏が2009年に「演劇界の芥川賞」と呼ばれる岸田國士戯曲賞に輝いた「まほろば」(08年・新国立劇場)でタッグを組んでいる。

 初日まで2週間を切った稽古場。稽古の最後、栗山氏から4人に対し、微妙なセリフの言い回しなど、細かいチェックが入った。「明確に」「早口で」。百戦錬磨の斉藤も「はい」と塾生のようにうなずき、栗山氏の指示を台本に書き込んだ。

 挑戦しがいがある一方、特異な役と長崎弁はハードルが高く「正直言って、今は逃げ出したい気持ちが満載です。過去の演劇作品に比べ?格段に激しいと思います。もう、息をするのが精いっぱいというぐらい」と弱音も。4月クールのテレビ朝日「警視庁・捜査一課長」(木曜後8・00)、徳川家康(内野聖陽)の側室・阿茶局を演じるNHK大河ドラマ「真田丸」(日曜後8・00)、ニッポン放送「オールナイトニッポンMUSIC10」(木曜後10・00)など多忙を極める中の稽古。プライベートは、役と同じ3児の母。「家に帰ったら、普通にお母さんとして、やることはてんこ盛りなので」。稽古場の斉藤の机の上には、栄養ドリンクの錠剤があった。「お疲れ、大丈夫ですか?」と水を向けると「チョコレートを食べて元気を出してみたり。全部、お守り的なものです」と笑った。

 新作としては今作を最後に、パルコ劇場は一時休館。斉藤は同劇場で上演された「君となら」(95、97年)「人間風車」(2000年)「紫式部ダイアリー」(14年)など、ゆかりが深く「自分のホームグラウンドというぐらいの思い入れがあります。パルコに育ててもらったと言っても過言じゃありません」と語るほど。

 特に、28歳の時に主演したヒットメーカー・三谷幸喜氏(54)作の「君となら」(演出・山田和也、14年に竹内結子主演で再演)はコメディエンヌの地位を確立する一助になり「私にとってはすっごく大事な作品になったんです」。父親以上に年の離れた娘の恋人が突然、家を訪ねてくるホームコメディー。「1つのシチュエーションで起きる人間模様だけで観客の皆さんを笑わせるというのは、演技者の技量が試されると思うんですよね。自分からアイデアを出したり、試したりして、会話ややり取りを作っていったことに、ものすごく興奮しました。そういう体験ができたというのが『君となら』は大きかったと思います」と振り返り、爆笑エピソードを明かす。

 「舞台のセットでお客さんから見えないところに三谷さんがそーっとやってきて。本番中にですよ。ギリギリお客さんから見えないところにコッソリ隠れて、そこで自分で流しそうめんを持ってきて。(ステージ上の)私たちは横から三谷さんが見えるわけですよね。私たちは芝居をしているのに、三谷さんは本番の芝居を見ながら、箸とそば猪口でズズズッて食べて。もう馬鹿野郎ですよね」と親しみを込めて思い出し笑いし「それまで私はまじめなタイプの人間でしたが、このめちゃくちゃさ加減がすごくよかったんです。楽しかったんですよね。芝居って、こんなに何でもアリというか、こういうこともやっていいわけ?みたいな。こんなことができるのは、パルコ劇場ならではのところがあると思います」。ある種のカルチャーショックながら、その自由さを肌で感じられたことは、女優として1つのステップアップになったに違いない。

 「最後の新作を私にやらせてみようと思ってくださったパルコの方にすごく感謝していますし、その期待に全力で応えようという気持ちはすっごく強いです」。“鬼母”と化す新しい斉藤由貴がパルコ劇場の“有終の美”を飾る。 

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