さだまさし最愛の母逝く…「夜叉のごとき菩薩」喜代子さん90歳

[ 2016年4月10日 05:30 ]

さだまさし

 シンガー・ソングライターさだまさし(64)の母親、佐田喜代子(さだ・きよこ)さんが7日午前11時7分、老衰による多臓器不全のため、長崎県諫早市内の病院で亡くなっていたことが9日、分かった。90歳。9日、長崎市内の斎場で告別式が営まれた。喪主は長男のさだが務めた。

 関係者によると、約1週間前から体調管理のため検査入院していたが、7日朝に急変。さだの妹で歌手の佐田玲子(58)にみとられ、帰らぬ人となった。

 さだは7日、東京で訃報に接し、その日のうちに長崎に帰郷。8日の加山雄三(78)50周年記念コンサートにゲスト出演するためいったん東京に戻り、9日朝に再び長崎入りし告別式に臨んだ。関係者によると「終始気丈に喪主を務められていました。ごあいさつではお母さまが長崎を愛していたことを語って、参列者の方には感謝の言葉を伝えていた」という。

 喜代子さんは1926年、長崎県生まれ。85年に発行された喜代子さんの子育て記「永き旋律―さだ家の母と子どもたち」によると、家計が苦しい中、さだを有名なバイオリン教師に師事させ、幼稚園にも通わせず、家で猛烈な練習をさせた。関係者は「バイオリニストを目指した母親との日々が、現在のさだの素地」と話す。

 さだは11年、ラジオ番組で喜代子さんについて「夜叉(やしゃ)のごとき菩薩(ぼさつ)。愛されているという信頼があったから夜叉である母に対して愛情が揺るがなかった」と話している。14年の公式カレンダーには、喜代子さんの誕生日の2月28日に「おかあさん ありがとう」と感謝を記している。

 フォークデュオ「グレープ」時代の代表曲「無縁坂」には、♪母がまだ 若い頃 僕の手を引いて この坂を登るたび いつもため息をついた――との歌詞がある。架空の親子を描いているが、逆境を乗り越えて、さだを育て上げた母の姿を投影していたのかもしれない。

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