16年に続編製作 宇宙戦艦ヤマトがガンダムになれなかったワケ

[ 2015年12月31日 10:56 ]

 2016年にアニメ「宇宙戦艦ヤマト2199」(13年放送)の続編が製作されると、ファンクラブ会報で報告された。ストーリーは78年の映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」と「ヤマト2」をミックスしたもので、その後は新作の計画もあるという。

 オールドファンにとって「ヤマト」には特別な思いがある。今でこそ、アニメはクールジャパンの代表格だが、その礎を築いたのは間違いなくヤマトだと言いたい。

 アニメの評価が今では考えられないほど低かった時代。「さらば宇宙戦艦ヤマト」は当時の邦画歴代4位の興収43億円を記録。アニメが大人も楽しめ、金になると証明した。

 だが83年の映画「完結編」から09年「復活編」まで実に26年の空白を置くことになる。あまりに長い沈黙だった。

 これは“原作者”の故西崎義展プロデューサーが、銃刀法や覚せい剤取締法違反で逮捕、収監されるなどトラブルメーカーだったのと無縁ではない。いや、はっきり言えば原因だ。

 先日、ルポ本「“宇宙戦艦ヤマト”をつくった男―西崎義展の狂気」(講談社)を出版した牧村康正氏(山田哲久氏と共著)と話す機会があった。

 本には手塚治虫や、「機動戦士ガンダム」の富野由悠季監督と安彦良和氏ら、西崎氏に関わった約50人が登場する。牧村氏によると、その誰もが「彼を良く言わなかった」という。

 西崎氏は、芸能界からアニメ業界に潜り込んだ個人プロデューサー。とにかくワンマンで型破り。異常な数の会議を開き、部下を罵倒してばかり。そのくせ名案はちゃっかり自分のものにする。おまけに超のつくドケチ…上司になってほしくない人間だ。

 だが牧村氏は言う。「みんな、悪口を言うのが、ある種の喜びのようだった」。クリエーター気質の強い西崎氏が、ヤマトを作る姿勢に一切の妥協はなかった。最高の作品を作るため最高の人材を集めた。ケチなくせに、金を惜しげもなく注ぎ込んだ。返すアテはなかったようだ。ヒットを見込んでの大博打だった。

 ヤマトの博打が失敗すれば「ガンダム」や「エヴァンゲリオン」もなかっただろう。アニメの評価が低かった時代。ハードなSF設定、松本零士氏デザインの魅力的なキャラとメカなど、ヤマトは間違いなく画期的なアニメだった。西崎氏が語り、実現させる夢物語に、関係者ものめり込んだ。牧村氏の言葉を借りれば、西崎氏は「悪女のような男」だったようだ。

 西崎氏の語る夢は、破滅と紙一重。「さらば」の後、続編を連発したヤマトは人気が徐々に低迷。会社は倒産。ヤマトは沈み、長い眠りに入る。“ジャパニメーション”の盛り上がりの外にいた。

 ヤマトの成功に続いた「ガンダム」は昨年35周年を迎え、毎年のように新作を放映。SFアニメの金字塔となった。なぜヤマトはガンダムになれなかったのか。牧村氏は「西崎氏は自分さえ良ければ良いという、了見の狭い人」と苦笑い。一方で「クリエーターはそうでないと、良いものが作れない面もある」と理解を示していた。

 だが21世紀に入り、ヤマトはよみがえった。「復活編」に続いて作られた「2199」は若いファンにも好評という。2010年に亡くなった西崎氏の功績に思いをはせつつ、新しいヤマトを楽しみたい。(記者コラム)

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