小百合&二宮 長崎大での山田監督特別講義にサプライズ登場

[ 2015年12月10日 05:30 ]

長崎大学医学部で「母と暮せば」をアピールした吉永小百合、山田洋次監督

 吉永小百合(70)と「嵐」の二宮和也(32)が9日、母子役で共演した「母と暮せば」のキャンペーンで物語の舞台となった長崎を訪れた。故井上ひさしさんの遺志を受け継ぎ、山田洋次監督(84)が手掛けた作品は原爆投下から3年後、生き残った母親(吉永)の前に長崎医科大学(現長崎大学医学部)に通っていて犠牲になった次男(二宮)の亡霊が現れるファンタジーだ。

 2人がまず出向いたのが山田監督が特別講義を行っていた長崎大学医学部の記念講堂。映画化に当たり、アドバイスをしてくれた土山秀夫・元長崎大学長(90)との対談形式の講義に、サプライズで登場。聴講生約450人から「キャー」「えーっ、うそうそ」と黄色い声援が湧き上がった。

 吉永は「私の叔父(父の弟)が1938年にここを卒業しました。戦地から戻ってきて、三菱の診療所でドクターをしていました。90歳を過ぎた叔母は今も元気にこちらで暮らしています」と長崎との深い縁を初披露。二宮も「僕は映画の中では皆さんの先輩。何でも聞いてください」と話して笑わせた。予期せぬ2人の出現に医学科4年生の女子学生(22)は「吉永さんはきれいでびっくり。二宮さんは格好良かった」と、夢見心地だった。この後は市内の劇場に移動して舞台あいさつ。なお海外から引き合いが来ており、洋題が「Nagasaki:Memories of My Son」に決まったと松竹は発表した。12日公開。

 ≪山田監督感謝 土山元学長の体験がモデル≫山田監督は土山元学長との特別講義で「映画の中のエピソードの多くは土山先生をモデルにさせていただいた」と、感謝を伝えた。吉永も二宮も原爆資料館などを下見した際に世話になったという。当時、長崎医大に通っていた土山氏は佐賀に疎開していた母親が危篤になり、長崎を離れたために原爆で命を落とすことを救われた。山田監督は移動した市内の劇場で「皆さんの心に残る作品であれば…と願っています」とあいさつした。

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