鎧塚氏「女房は他界したぐらいでへこたれる女性じゃない」

[ 2015年10月3日 05:30 ]

喪主のあいさつをする鎧塚俊彦氏(右)。左は遺影を持つなお美さんの妹の川島さとみさん
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川島なお美さん葬儀・告別式

(10月2日 青山葬儀所)
 鎧塚さんあいさつ全文

 女房は過去を振り返るようなことはしませんでした。未来と生きることを常に念頭に置き、ポジティブに前向きに物事を考えて生きました。自分の中にできた腫瘍でさえも「いましめ君」と呼んで、前向きに考えておりました。整理していますと、僕は知らなかったのですが、2014年の12時間に及ぶ手術をする前日に書いたメモが見つかりました。読ませていただきます。

 「女優としてもっと可能性を広げ、映画、舞台、テレビドラマ、CM、ラジオ、もっともっと川島なお美を進化、熟成させる、そのための今後の人生の糧になる試練を与えてくださった神様、いましめ君ありがとう。私はまだ生きます。2014年1月27日」

 女房は最後の最後まで諦めるということはしませんでした。女房のことは私はよく知っているつもりです。女房は他界したぐらいでへこたれるような女性ではありません。今もこのどこかでこの話を聞いています。もしくはそれさえも「私は次のステージのことを考えているよ。みんなも元気出して」と言っているような気がします。

 女房が最後まで闘った舞台。お医者さまからはうれしい言葉をいただきました。「舞台が奥さまの寿命を縮めたのでは決してないよ。舞台があったからこそ、奥さまはあそこまで生きられたのですよ」と言われました。最後は全く肝臓が機能せず腹水が5リットルもたまった中で、お医者さまは「奇跡だ。あんな体でやるのは奇跡だ」とおっしゃっていました。それを僕たちは止めることはできませんでした。途中降板とはなりましたが、その舞台も30日、千秋楽を終え、きょう、あすと戦友の皆さまも来ていただいております。

 最後にケーキにも書かせていただきました。パルレというのは韓国ミュージカルで洗濯という意味なんですが、僕が大好きだった女房の歌詞、その歌詞をこの場で読ませていただきます。

 「洗濯物が風に身を任せるように、人生だって任せよう。時が過ぎ、洗濯物が乾くように、涙だって乾くさ。さあ、頑張ろう」

 皆さんがこの会場を出られたら、女房の楽しい思い出をいっぱい胸に元気を出して頑張ろうと、歩んでいただけることを期待したいと思います。ありがとうございます。

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