女優魂貫いたなお美さん 闘病中の姿隠さず…渡辺淳一氏の言葉通りに

[ 2015年9月25日 07:05 ]

2001年、オリジナルワイン「キュヴェ・ナオミ」を発表した川島なお美さん
Photo By スポニチ

川島なお美さん死去

 マスコミの前に登場する際は、露出の多いドレスをまとうなど、川島さんは全てをさらけ出す姿勢で女優業にまい進してきた。1993年にはヘアヌード写真集「WOMAN」を発売。97年には、作家の故渡辺淳一氏のベストセラー小説をドラマ化した「失楽園」に主演し、ベッドシーンでは「子宮が呼吸できない気がする」との理由で、前張りなしで撮影に挑むなど、体当たりの演技を披露した。

 周囲の人は、「先日の会見も、普通の女優だったら闘病で痩せている姿を隠そうとする。でも、そうしなかった。彼女らしい姿だった」と話した。

 青学大文学部英米文学科に在学中の79年に芸能界にデビュー。81年に文化放送「ミスDJリクエストパレード」の初代DJに抜てきされ、82年には日本テレビ「お笑いマンガ道場」に3代目女性レギュラーとして出演。愛らしい笑顔と、プロ顔負けの漫画のうまさを披露して一躍、人気者になった。だが、その後はキャンパスクイーンのイメージが強かったことで出演番組が限られるなど不遇な時代が続いた。

 そんな時に出会ったのが渡辺淳一氏だった。一緒に旅行し、男女の仲と騒がれたこともあった。渡辺氏はことあるごとに、「女優はさらけだしてなんぼだ」と言っていた。その言葉を最後まで突き詰め、川島さんは、女優として自分をさらけだし続けた。

 恋に生きた川島さんは09年2月、長年の恋人がいたパティシエの鎧塚俊彦さんと結婚した。鎧塚さんが12年2月に「網膜中心静脈閉塞(へいそく)症」を患い、4度にわたって手術した際には、「私が彼の左目になります」と献身的にサポート。そんな鎧塚さんも川島さんが昨年1月、12時間にわたる手術をした際には、「彼女が目を覚ました時に笑ってほしい」と頭を丸刈りにしたサプライズで病床の妻を喜ばせた。川島さんは「思い残すことがないように」と夫への遺書も用意していた。

 川島さんは、ワイン通としても知られ、フランスワイン3大産地から騎士号を叙任し、ワインエキスパート資格や名誉ソムリエの称号なども持つ。ワインをかばって転倒したと報じられたこともあった。川島さんは「私の体はワインでできているの」と話していた。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「嵐」特集記事

2015年9月25日のニュース