欽ちゃんが選ぶ“一発ギャグ”10傑 1位は誰もが愛したあのポーズ

[ 2015年8月15日 14:55 ]

大賞に選んだ一発ギャグ「シェー」のポーズを決める萩本欽一

 15日、70回目の終戦記念日を迎える日本。戦後、国民はテレビなどから流れるお笑いに元気づけられてきた。数多くの“一発ギャグ”も誕生。その中からタレントの萩本欽一(74)が10作を選ぶ。怪奇現象や、子供から大人まで熱狂したおもちゃの存在も忘れられない。超常現象に関する著書があるタレント松尾貴史(55)、“おもちゃ芸人”のノンスタイル石田明(35)に10傑を聞いた。

 一発ギャグっていうのは、少なくとも5つほど評価の要素があるのね。(1)長年親しまれ、たくさんの人に使われた(2)時代を変えた(3)瞬間的な人気の大きさ(4)言葉としての完成度(5)発明性の高さ。

 総合的に考えると、1位は「シェー」。当時は子供も大人も先生も、ゴジラや王さんだってやってたもんね。日本中の誰もが1回はあのポーズをやった感じがする。愛されたという意味で太刀打ちできるものはない。

 「鼻血ブー」は、人が発情する生々しいさまをたった4文字でギャグに変えた。言葉としてダントツ。ほれぼれするね。

 戦争が終わってしばらくは、ギャグを言っただけで怒られるような厳しさが世の中にあった。そういう雰囲気を変えたのが「アジャパー」。一番最初に世間をぶっ飛ばした、流行語の元祖だよ。

 時代を変えたという意味では「無責任時代」もだね。高度成長期を振り返る時、必ず植木等さんの「無責任男」のフィルムは出てくる。ただひたすらにみんなが働いている時代に、みんなが欲した理想像の代表として、植木さんは無責任を実に気持ちよく見せたんだ。

 感心したのは大橋巨泉の「ボイン」。これは発明ですよ。生活におけるテレビの比重が上がる中、言っちゃいけない事柄を全然何でもない言葉にした。「プッツン」「ほとんどビョーキ」もそう。

 こうして見ると、僕の「なんでそ~なるの!?」とか、この中には入れないね。僕が時々言うだけだもん。流行語って、誰が使っても面白いというのも大事かもね。

 戦後70年、芸人が国会議員になったり、世界の巨匠になったたけしの存在もあって、お笑いのグレードは上がってきた。でも、大学生と接するようになって感じたのは、彼らの生活にはギャグや遊び心がほとんどない。又吉くんが芥川賞でまたグレードを上げてくれたところで、言葉をたくさん持っている彼に、1年で廃れないような流行語を生み出してほしいね。

 ◇欽ちゃんが選ぶ戦後70年「一発ギャグ」ベスト10◇

 順位 ギャグ  期間 作者(グループ名、作品)  選評
 1  シェー 65~70 赤塚不二夫(「おそ松くん」) 今でも残ってるギャグ。いろいろな場面で使えるし、総合的な点数が高いね

 2  鼻血ブー 70~  谷岡ヤスジ(「ヤスジのメッタメタガキ道講座」) 言葉としての完成度は抜群。表現しにくい欲情をたった4文字で…。すごい

 3 アジャパー 51~70 伴淳三郎 笑いが世間に認められる入り口となった。思い入れも込めて3位にさせてね

 4 無責任時代 62~66 クレージーキャッツ 時代を変えたという意味では一番かもね。かっこよくて絶大な人気だったよ

 5 ガチョーン 63~ 谷 啓(クレージーキャッツ) オチがなくてもいけるという新機軸を提示した。ローラがCMでやったし5位

 6 ほとんどビョーキ 82 山本晋也(映画監督) 本来なら放送禁止用語。「病院行ってこい」とか派生語も多いのでこの順位

 7 ボイン 66~ 大橋巨泉 テレビ史上に輝く大発明。卑わいな言葉が汚くならないやり方を後進に示した

 8 プッツン 86 藤谷美和子、片岡鶴太郎ら 6位と一緒の意味合いだけど、今でも聞くし、辞書に載ってそうだからすごい

 9 ちょっとだけよ 72~73 加藤茶(ドリフターズ) 視聴率はダントツだったドリフ。名作を多く残したカトちゃんに敬意を表して

 10 あたり前田のクラッカー 62~68 藤田まこと 当時の反響でいえば、アジャパーの次にすっ飛んだ。語り継がれる名作ギャグ

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