出川哲朗 リアクション芸の原点は松本人志!恩人の言葉、鮮明に記憶

[ 2015年7月10日 09:00 ]

出川哲朗(右)のリアクション芸の“原点”は松本人志(左)。「すべらない話」に初参戦した出川は“恩人”の爆笑を誘う

 お笑い芸人の出川哲朗(51)が自身の芸風の方向性を初めて「リアクション芸」と認識したのは、ダウンタウンの松本人志(51)がきっかけだった。1990年、日本テレビ「ウッチャンナンチャン&ダウンタウンスペシャル~SHA.LA.LA.の使いやあらへんで!!~」で初共演してから、25年。出川は自身の“原点”にして“恩人”とも言える松本がホストを務めるフジテレビ「人志松本のすべらない話」(11日後9・00)に初参戦。四半世紀を経て、再び感謝と喜びを感じている。

 出川(1964年2月生まれ)と松本(1963年9月生まれ)は同学年だが、芸歴は「松本さんが1年先輩」という間柄。日本テレビ「ウッチャンナンチャン with SHA.LA.LA.」と「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」が合体した特番で、出川は松本と初共演した。出川は劇団SHA.LA.LAの一員として「ウンナンSHA.LA.LA」に出演していた。

 当時、プライベートでウンナンと後楽園ゆうえんち(現東京ドームシティアトラクションズ)を訪れ、ジェットコースターに乗ることに。出発直後に怖くなり「やっぱり降ります」と言ったが、あとの祭り。恐怖におののく出川のリアクションに、ウンナンは大笑い。「今度、罰ゲームでジェットコースターに乗せよう」。そのVTRがダウンタウンとの特番で使われた。

 出川はリアルに嫌がっていただけだが、その反応に収録スタジオは爆笑の嵐。番組のエンディングで、松本はウンナンに「この子(出川)おもろいな。おもろいから、今度この子貸してや」と言った。出川は「鮮明に、強烈に覚えているんですよね」と振り返った。

 「あれ?僕のリアクションを、松本さんがおもしろいって。あれ?このリアクションは、こんなにおもしろかったんだって。自分の芸風はそっち(リアクション)なのかなって」

 ダウンタウンは関西で人気を確立し、東京進出。全国区になる前だったが、出川にとっては既に比類のない存在。「だから、その人におもしろいと言われたっていうのはうれしかったですね」。松本の言葉で、出川はリアクション芸のおもしろさに気付かされたのだった。

 それから体を張るようになり、93年に日本テレビ「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」優勝。以後、リアクション芸を極め、その代表格となる。

 松本との初共演から25年。「一生出られないと思っていた」という「すべらない話」に初出演。体を張ってきた分、トークは不得手というのが出川のパブリックイメージかもしれない。それでもオファーしてくれた番組に「すごく感謝しています」。エンディングで松本から「哲ちゃん(出川)の話は好きやなぁ」と褒められ、出川は「本当にうれしかったですね」と喜んだ。四半世紀に及ぶ縁。今回は、リアクション芸の原点となった恩人とトーク1本の競演。粋な計らいをした“笑いの神様”の存在を感じずにはいられない。

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