KARAのジャパニーズドリームは続く「次はドームツアーを」

[ 2015年6月14日 10:05 ]

スポニチ読者のために考案した「スポニチ(SN)ポーズ」を披露するKARA(前左から)ギュリ、スンヨン、(後列左から)ヨンジ、ハラ

 K―POPブームの火付け役となった韓国女性4人組「KARA」が日本デビュー5周年を迎えた。観衆が殺到しすぎて街頭イベントが3分で打ち切られる衝撃的な“初上陸”から始まり、メンバー交代も経験した。17日には日本で5作目のアルバム「GIRLS STORY」が発売。メンバーが紡いできた“ストーリー”に迫った。

 2010年の初上陸は、いまや伝説だ。8月11日の日本デビュー日、東京・渋谷の109前にはKARAをひと目見ようと約3000人が殺到。車道にまで人があふれて警察官が出動する騒ぎとなり、初イベントはわずか3分で終了となった。

 当時、防護柵で隔てられた場所で取材していた。柵は人波に押されて、きしみっ放し。現場で感じた熱気は、そのままK―POPブームとなり日本を席巻した。

 あれから5年。片言だった日本語もかなり上達した。スンヨン(26)に「活動を振り返ってください」と聞くと、「カツ丼?オイシイね」。言葉遊びを交えて、ニヤリと返す。約45分間のインタビュー中、4人の会話はほとんど日本語。

 リーダーのギュリ(27)は「初めは、こんなに長く活動できるとは思わなかった。日本のファンがたくさん愛してくれるおかげ」と話す。熱い応援をメンバーも実感している。流ちょうな言葉の裏側に、ファンへの感謝がある。

 新曲の発売、主演ドラマのロケなどが重なった10年秋から翌年の年明けにかけて、「パスポートのページが足りなくなって、紙を追加された」(ギュリ)というほど日韓間を往来。以降も頻繁に来日し、すっかりなじんだ。

 スンヨンは「ウメボシのおいしさを感じました」と笑顔。2年前に日本のファンからプレゼントされたことがきっかけといい、中でも好きなのは「しょっぱさ控えめのやつです」という。

 メンバー共通のお気に入りはカレーショップ「CoCo壱番屋」。ハラ(24)によると「ココイチ、韓国にもあるんだけど味が違う」。カレーが食べられなかったギュリも「日本のカレーだけは食べられる。カレーパンは凄く好き!」。

 「ドン・キホーテ」や「ユニクロ」もお気に入り。東京だけでなく地方でも、全員で入り浸っている。

 楽しいことばかりではなかった。11年には分裂騒動が起き、昨年はニコル(23)とジヨン(21)が相次いで脱退。2人について具体的な言及はなかったが、ハラは「私たちはみんなの中に永遠に残る歌手になりたいんです」と口を真一文字に結び、こちらに真っすぐ視線を向けてきた。

 この5年間に、グループは変容し、K―POPを取り巻く日本の状況も変わった。言葉の上達に象徴されるように、メンバーも日々、変化しているが、ファンを見つめるまなざしはデビュー当時と同じ。 

 ギュリは「ファンはKARAに対し、“次は何をしてくれるのか”という期待を満たしてくれると思っている。それを満たしていくように活躍していきたいし、頑張って作っていく」と胸を張る。

 昨年7月にはヨンジ(20)が加入。約1年がたち「お姉さんたちと舞台に立って、責任感が大きくなりました。だいぶ仲良くなりました」とほほ笑む。ハラはヨンジについて「本当に末っ子みたいな性格。自分の一日の出来事を、知りたくないのに話してくる。甘えんぼ」と笑いながら紹介。4人で食事をともにしたり、ペットの犬の話をしたりするなど、息の合ったダンスにつながるチームワークを育んでいる。

 新曲「サマー☆ジック」は、手を波打たせる「ウエーブダンス」が特徴。一世風靡(び)したデビュー曲「ミスター」の「ヒップダンス」と比較して「99点」とするメンバーがいる中、ギュリは「200点!ヒップダンスよりまねしやすいでしょ」とアピール。

 スンヨンは「日本では、“無理かな”と思うことでも、口に出したらかなってきた。11年の紅白歌合戦、そしてK―POPの女性グループ初の東京ドーム単独公演。だから、次はドームツアーをやりたい。そして夢をかなえたい」と力を込める。4人のジャパニーズドリームは終わらない。

 ◆スンヨン(26) 1988年7月24日生まれ。愛称「ハム太郎」。頑張り屋。

 ◆ギュリ(27) 1988年5月21日生まれ。リーダー。愛称「女神」。しっかり者。

 ◆ハラ(24) 1991年1月13日生まれ。愛称「ハラちゃん」。ツンデレ。

 ◆ヨンジ(20) 1994年8月30日生まれ。愛称「ミュート(無音)笑い」。末っ子。

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