京香が放つ大地の匂い…「おかあさんの木」で戦地の息子案じる母

[ 2015年6月2日 10:30 ]

白い着物姿で優しい笑顔を見せる鈴木京香 

 戦後70年。複数の映画会社が記念作を製作する中で、先陣を切って6日に公開されるのが鈴木京香(47)主演の東映「おかあさんの木」だ。戦争に7人の息子をとられた母親に魂を込めて向き合った。作品との出合いに感謝しながら「これからも大地の匂いがするおかあさんを演じて、はまり役にしたい」と力強く語る。

 銀幕デビュー作は森田芳光監督の「愛と平成の色男」(89年)だったが、そのたたずまいにはどこか昭和の名女優の残り香が薫る。小津安二郎、成瀬巳喜男といった巨匠たちが生きていたら、きっと声がかかったのではないか。勝手にそんなことも思う。

 「おかあさんの木」で演じたのは戦争に息子をとられるたびに桐の苗木を植え、子供たちの無事を祈りながら育てていく母。「あの時代を生きた女性がどれだけ大変な思いをしてきたかは、私が想像する以上だと思いましたので、“こうじゃないか、ああじゃないか”というイメージの枠をつくらないように心掛けました」

 難役だが、自然に溶け込めていた自分に気付いた。最近になってハタと気付いたことがある。91年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「君の名は」で演じたヒロイン役。京香の名を一躍全国区にした作品だ。

 「そういえば、あれも空襲のシーンから始まった。当時は“真知子”という女性を演じるのに必死でしたが、ドラマを通して、その当時の女性の暮らしぶりを学んでいたんですね。戦後60年目に作られた“男たちの大和/YAMATO”で、また戦争のことを考える時間も持てましたし」

 体に染みこんでいたものがわき出していた。「例えば、モンペをはいたこともない。薪(まき)を割ったこともない。洗濯板もどうやって使うのか知らない。そんな状況では、やらなければいけない準備もたくさんあったと思います。でも、私は20代のときからいろいろ勉強させてもらった。そのおかげで自然と理解できたからこそ、主人公ミツさんの気持ちに集中できたんじゃないかなって思うんです」

 そのまなざし、強さ、存在感に次男を演じた三浦貴大(29)は「本当のお母さんのようだった」と称えた。耳にした京香は「とんでもないこと。三浦さんのお母さんといったら…ねえ。誰しもが思う素敵な理想の女性ですから!」と照れくさそうに笑った。もちろん三浦百恵さんを意識した言葉だ。

 原作は77年から小学校の国語教科書にも採用されてきた大川悦生氏の児童文学。「地方によって使う教科書も違いますから、残念ながら私は知らなかった。5年生のときに、このお話を読んでいたらどう感じたか。出合えなかったことをもったいなく思ったんですね」

 そんな気持ちが、自ら発案した「読み聞かせ」キャンペーンに結実し、全国5カ所の小学校を回った。最後に訪れたのが広島市立本川小学校。「音楽室の窓から原爆ドームが見えるんです。階段の踊り場には自由学習だと思うんですが、“平和のこと”“戦争のこと”と書かれた大きな模造紙が張られていた。この子たちは他のどの都道府県の子供たちよりも戦争を身近に感じながら暮らしてお勉強してるんだなと実感しました」

 記念館があり、生徒たちが案内してくれた。「レーザービームが出る文房具を、あの小さな手に持って“こちらをご覧ください。学校はここで、ここが爆心地です”と、一生懸命に説明してくれる。そんな姿を見てたら、この子たちは悲惨さだけじゃなく平和の大事さも日々学んでいる。だからこそ、私たちにもこんなに丁寧に教えてくれるんだと感激したんです」

 訪問先ではどこでも生徒たちが真剣に読み聞かせに耳を傾けてくれた。一人一人の心の中に苗木を植えた。平和への思いが芽吹いてくれたと信じたい。そういえば、大切な仕事の一つにNHKで放送中の「こころフォト~忘れない~」がある。東日本大震災で肉親や友人を亡くした人たちからのメッセージを紹介するものだ。「亡くなられた方に対しての気持ちでもあり、なおかつ大事な人を亡くされた方々が、どこか自分を奮い立たせたり、慰めたりする言葉でもあるので、一言一言に重みがある。おかあさんが桐の木に話しかける映画のシーンと共通項を感じたものです」

 絶世の美女、道ならぬ恋に揺れる女、そして三谷幸喜作品ではコミカルな味と、幅広い役をこなす。「逆に言えば、私に個性と魅力がないからじゃないですか」と謙遜するが、今作に参加して心に誓ったことがある。「野良仕事に子育てに、激動の時代を生きた女性に尊敬の念を抱いて演じました。ミツさんをやらせてもらって、土の匂いのするおかあさん役が似合うように、これからも仕事をしていきたいと思ったんです。私はガッチリしてたくましいから、大地を思い起こさせるおかあさんを」

 着物の着付け講師をしている母親にはチケットを送った。「おかあさんの記(感想)」も楽しみにしている。

 ◆鈴木 京香(すずき・きょうか)1968年(昭43)5月31日、宮城県仙台市生まれの47歳。88年カネボウ水着キャンペーンガールに選ばれデビュー。主な代表作に映画「119」「39 刑法第三十九条」「血と骨」、ドラマ「王様のレストラン」「セカンドバージン」など。14年毎日映画コンクール田中絹代賞受賞。

 ▼物語 現代の長野県の田舎町。国の整備事業の対象となり、ミツの桐の木が伐採の危機を迎える。土地の所有者を奈良岡朋子が演じ、同時に語り部となって木にまつわる秘話を回顧していく。時代は昭和初期。郵便局員の夫が急逝し、女手一つで7人の息子を育てるミツ。戦争に突入していく日本。息子に召集令状が届くたびにミツは桐の木を植え、話しかけては無事を祈る。平岳大、田辺誠一、志田未来らが共演。演出は磯村一路監督。

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