ワイルドワンズ加瀬邦彦さん 自殺だった…所属事務所が発表

[ 2015年4月22日 12:00 ]

死去した加瀬邦彦さん(2010年撮影)

 東京都内の自宅で亡くなっていたことが分かった「加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズ」のリーダーで音楽プロデューサーの加瀬邦彦さん(享年74)は自殺だった。22日、所属事務所がファクスで発表した。

 加瀬さんは、昨年2月に下咽頭がんを発症し3月に手術を行い成功、自宅療養しながらステージ復帰を目指していたという。しかし、「今月に入り体調が優れず精神的に不安定になり、自宅にて自死致しました」と説明。亡くなったのは20日の午後9時だったという。

 さらに「必ずステージに戻ってくると信じておりましたが、願いが届かず無念です。療養中にお励ましいただきました皆さまには心より深く感謝申し上げます」としている。

 通夜は27日午後6時から、告別式は28日午前11時から、護国寺 桂昌殿(東京都文京区大塚5の40の1)で営まれる。喪主は妻の加瀬泰子さん。

 加瀬さんは慶応大学時代の1961年に初めてバンドを組んだ後、かまやつひろし(76)らと「キャノンボール」を結成。その後、ザ・スパイダース、寺内タケシとブルージーンズにそれぞれ加入・脱退し、66年に加山雄三(78)の命名による「ザ・ワイルドワンズ」を結成した。

 デビュー曲「想い出の渚」がいきなり大ヒット。爽やかな湘南サウンドが日本の音楽史に大きな影響を与え、GS(グループサウンズ)ブームの一翼を担った。

 71年のバンド解散後は、主に沢田研二(66)のプロデューサーとして活躍し、作詞家の故安井かずみさんとのタッグでヒット曲を連発。中でも「危険なふたり」は、沢田にとって初のオリコン1位作品となり、ザ・タイガース解散後のソロ活動を軌道に乗せた。

 ザ・ワイルドワンズは06年の結成40周年の節目などでたびたび再結成してきた。09年には沢田と「ジュリー with ザ・ワイルドワンズ」を組んで話題となった。12年にはももいろクローバーZの公演に出演するなど、幅広い音楽活動で知られた。

 ◆加瀬 邦彦(かせ・くにひこ)1941年(昭16)3月6日、東京都生まれ。ザ・ワイルドワンズのリードギターで、特注の12弦ギターを愛用。「青空のある限り」「愛するアニタ」などヒットを連発。解散後は、沢田の「TOKIO」やアン・ルイスの「女はそれを我慢できない」などを作曲。東京のライブハウス、ケネディハウスも経営していた。

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