たかみなの復興支援にノーサイドなし 卒業しても「個人で継続」

[ 2015年3月12日 05:33 ]

AKB48の復興支援ライブで歌う高橋みなみ

 関連死を含め2万人を超える犠牲者を出した東日本大震災は11日、発生から4年の日を迎えた。AKB48グループは6組に分かれ、岩手、宮城、福島の3県6カ所で復興支援ライブを行った。12月をメドに卒業を表明している総監督の高橋みなみ(23)は、岩手県釜石市を再訪。同市は2019年ラグビーW杯の開催都市に決まり、高橋は「2年前より前に進んでいると感じた」と話し、激励の歌声を届けた。

 12月8日の劇場デビュー10周年をメドに卒業する高橋にとって、AKBとしての3月11日はこの日が最後だった。「ヘビーローテーション」「フライングゲット」などミリオンヒットを熱唱。被災3県6カ所と全国4カ所の専用劇場を中継でつなぎ、復興支援ソング「掌が語ること」を総勢243人で合唱した。客席前列では、子供たちが曲に合わせて踊った。

 高橋は終演後に会見。「こうして伝えさせていただく立場にいる。風化させてはならない」と気持ちを新たにした。自身の卒業を見据え「後輩たちには50回、100回と続けていってほしい」とし、「卒業後は高橋みなみとして支援活動をずっと続けます」と約束した。

 11年6月以降、高橋の被災地訪問は7回目。釜石市は13年3月11日以来だった。2年前と比べて「前に進んでいるんだなと実感した」と話した。その一因は、同市がラグビーW杯の開催都市に決まったことだ。復興へ弾みがついたことに「地元の活力になるので凄いうれしい。世界の方たちにも釜石を見ていただけるいい機会」と祝福した。同市を訪れたメンバー8人でラグビーボールへサイン。「開催地決定おめでとうございます」とエールを込めたといい、後日、運営側を通じて同市へ寄贈する。

 ラグビー精神を象徴する言葉に「前へ」があるが、高橋は「凄く素敵な言葉」と好感を抱いている。「前へ」の姿勢がAKBにも通じるからだ。昨年5月、くしくも同じ岩手県内での握手会で襲撃事件が起きた。高橋は当時「正直、AKBは終わったと思った」と人目をはばからずに泣いた。どん底から「前へ」と救ってくれたのが、ファンの支援だった。岩手県からも寄せ書き入りの横断幕が秋葉原の専用劇場に届いた。

 「4年という月日は長くもありますが、まだ4年なんだなとも思う。震災で時間は一瞬止まりました。でも、時は必ず“前へ”進みます」。高橋は今後も、被災者とともに「前へ」進んでいくことを誓った。

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