川北紘一特撮監督と最後の別れ、宝田明悲痛「特撮映画の宝失った」

[ 2015年2月7日 15:00 ]

川北紘一監督お別れの会に参列した宝田明

 1989年の「ゴジラVSビオランテ」など平成の「ゴジラ」シリーズ6本を手掛けた日本を代表する特撮監督で、昨年12月5日に肝不全のため亡くなった川北紘一氏(享年72)のお別れの会が7日、東京・成城の東宝スタジオで行われた。

 祭壇は、約1200本のカーネーションや菊などでモスラをイメージ。その横には巨大ジオラマが設営され、ゴジラが鎮座。祭壇の中央には20年ほど前に撮られたという、ゴジラの模型などに囲まれ笑顔の川北監督のスナップが遺影として飾られた。

 義理の息子の石原孝幸さんによれば、川北監督は5、6年前から肝臓を患っていたそうで、「いろいろな治療をしましたが、良くなることはありませんでした」と説明。昨年11月に会ったという俳優の佐野史郎(59)は、「ちょっとおやせになっていた印象はあったけれど、それから1カ月もたっていないから本当に間違いなんじゃないかと思った」と悲痛な表情を浮かべた。

 会場では、川北監督が編集の勉強のために、師事していた故円谷英二監督が使わなかったフィルムをつないだ「モスラ対ゴジラ」(1964)などの映像が初披露され、特撮好きで知られる佐野も「やっぱり泣いちゃいました」と顔をゆがめた。それでも、来年公開予定で日本版の「ゴジラ」が復活することが決まっており、「いろんなアイデアをお出しになりたかったでしょうが、川北監督の技術、愛は確実に次世代に伝わっている。安心してお休みください」としのんだ。

 1954年の第1作をはじめ、ゴジラ映画6本に出演している宝田明(80)は、「私の7年後に東宝に入ってきて、俳優を大事にしてくれる傑出した特撮監督だった。一緒に仕事をしたことはないが、いつも私が出た作品を見直して勉強し、自分のクリエイティブに反映していると言っていた」と思い出を披露。そして「日本の特撮界にとっての宝物を失った。残念です」と無念そうな表情を浮かべていた。

 なお、お別れの会は2部構成で、約580人が参列した。

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